『あなたに会いたいと言っているの。 顔を見せてあげてくれないかしら』
そんな恐れ多いご招待を受けたのは昨晩のこと
ああ、わたしって馬鹿だなあ。あんなことがあったばかりなのに
いそいそ早起きしてこんなに作っちゃって、えっちらおっちら運んじゃって……
今日の差し入れは、以前の、言葉少ない彼が唯一大げさなくらいに褒めてくれた手作りのチーズケーキと二人でよく飲んだ紅茶の茶葉
今年はじめてのオータムナルを二人で味わいたくて
「だって、真壁くんが『逢いたい』なんていってくれたことなんて
今までなかったもん……」
でも今自分に逢いたいと言ってくれているのは
「…………」
少しだけ歩調が弱まる蘭世を、木漏れ日がやわらかく照らす
「よく来たな」
「は……はい」
通されたのは、やはり謁見の間で、蘭世の脳裏に浮かぶのはどうしても、直前に会った日のできごと
───こんな立派なところじゃなくて……
たとえば真壁くんの部屋とかであんなことになってたとしたら
わたしはどうしてたんだろう……
ふと思う
ごねて泣いて喚いて暴走する自分の言葉を封じるようなふいうちのキスをされたことは、数度あったけれど
蘭世の意思を全く問わず、ただ強引に求めるようなことはただの一度もなくて
腕の、あの時掴まれたあたりが少しうずく
『真壁くん』だったら、ちょっと怖いと思いながら、実はミーハーにドキドキしたりしてたのかな……
そんな蘭世の思考を妨げるかのように
「…………それは?」
手に下げた紙袋を指差し、彼は問う
「えっ? ……あ、これか……
あの、差し入れ……です。ケーキと、茶葉……」
「……そうか」
静かに微笑み、椅子を引いて蘭世に座るようエスコート
彼自身は腰をおろすことなく、扉の方へと歩みを進める
「え、あ……」
「……すまないが、しばらく待っていてくれ」
ぱたん
静かに扉を閉め、彼は出ていった
「…………」
あれから、今日再び会うまでにしばらく間があいた
『俊が……治療を拒むようになってきたのです』
『……え……』
『初めの頃は、不安もあったからだと思いますが、メヴィウスの施す術や薬を言われるがままに受け入れていたのだけれど、最近は頑として……
面会を許す相手もだんだん限定するようになってきたし……』
その間に目の前の彼はますます蘭世の知る俊ではなくなっている
控えめな歩幅や歩調、物腰は、それを指し示すかのようで
以前の、ある意味粗野な雰囲気は微塵も感じさせない
思い出すどころか、だんだん遠くなる
目に映る姿までも
静かに扉が開く
彼はやはり物静かに、蘭世の目の前に歩み寄ると、大き目の、リボンのかかった箱を差し出す
「……え……」
蓋を開けると、中には、薄紅色のシックなドレス
胸元に、控えめにではあるが彩られたパールや、生地の手触りから
日ごろそんなものに慣れていない蘭世にでも、高級な品だということが判る
「! ……こ、これって……?? あの……」
「おまえに渡そうと、しつらえたものだ。多分、寸法は合っているだろう」
「え…………」
「早速、身に着けてみよ」
「ええ!?」
扉の外に控えていた給仕係に導かれ、別室へ通された蘭世は、同梱されていたコルセットや靴まで全て身につけ
それらが驚くほど蘭世のサイズにぴったりなことに、改めて驚愕していた
「うわぁ……」
そして同時に、やはり蘭世もひとりのただの女の子
綺麗なものを身につけ綺麗になるのは嬉しいものだ
心なしか胸が躍り、鏡の前でターンを決めながら、鼻唄など口ずさんでしまう
「あ、髪もちょっとだけいじってみようかなぁ」
部屋のドレッサーにあるものは自由にお使いください、とのお達しです
入室時に与えられたそんなお言葉に甘えて蘭世は、いそいそと髪をアップにしてみたりする
小花を散りばめてみようか
それともドレスと色をあわせたリボンなんかどうだろう
あれこれ迷いながらもようやく支度を終えた頃、扉を叩く音がして
「……着替えたか?」
扉の外から、贈り主が小さく声をかける
「え、あ……っ、はい!」
急いで蘭世が扉を開けると、彼は蘭世の姿を上から下までゆっくりと眺め、一瞬、とても優しい表情と言葉をこぼした
「……よく、似合うな」
「…………! ありがとう、ございます……」
以前の『真壁くん』なら絶対やらないような行為を、怖いと拒絶することはあっても
以前の『真壁くん』なら絶対言わないような言葉を、すんなり受け入れてしまうあたり
わたしって、現金かなぁ……
蘭世は心の中でチラッと舌を出す
…………だって、やっぱり、嬉しい
「……さて、出かけるとするか」
「え?」
突然の申し出に、考えを引き戻される
「今日は天気もいい。たまには外で食すのもよかろう」
彼の手には、蘭世が持参したケーキと茶葉と、ティーセットが入ったバスケット
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