連日のバイトで荷運びには慣れているし、良くも悪くも、彼女は華奢で軽い
部屋に運ぶのなんて楽勝だろう そう踏んでいたのだけれど
唯一、鍵を開けるのだけは苦心した
よろよろしながら、けれど注意深く彼女を畳へと下ろす
それが功を奏してなのかどうなのか、文字通りすやすやたてられている寝息のリズムは変わらず
穏やかな笑みすらも変わらなかった
その隣にしゃがみ込み、乱れた前髪を直す
何やらむにゃむにゃと口ごもりながら、その細い指が俊の手元へと伸びた
「!!」
思わず息を殺してしまうこと、数秒
そっと覗き込むものの、彼女が身動きをとったのはそれきりで
俊の指に軽く指を絡ませたまま、再び静かな寝息を立て始めた
「…………暢気だな……」
その手のことを、警戒されてばかりというのは困るけれど
まるっと信用されてしまうというのも、こう……。やはり“困る”としか言いようがない
そうでなくとも自分は、たわんだニットの襟元から覗く白い胸元に
今にも吸い込まれてしまいそうだというのに
お互い高校を卒業し、私服で会うのが主となった
周りの視線を誘うようなデザインのものを身に着けているわけではなく
むしろ一般的にいって、ごくごく控えめな露出度の格好ばかりなのだけれど
ふと何かのはずみでそれが緩んだ瞬間、はっとさせられるのは、今に限ったことではない
匂い立つほどの甘い誘いに、彼女自身、気づいてはいないのだろう
絡めた指を静かに解いて、彼女の肩の少し上に手をつく
ゆっくりと身をかがめ唇を寄せ、その胸元に前髪が触れたあたりで
──────結局、俊はそれを踏み止める
多分、このまままっしぐらに突き進んでしまったとしても
彼女が拒むことも、非難することもないだろうと思う
相手が自分だからというのもあるし
こんなところで無防備に転がっている、ある意味での自分の甘さを思い起こす
そういう性格の持ち主だから
けれど、だからといってそれに甘えてしまうのは、なにか違うような気がする
放っておいたら何をするかわからないはずの自分を信用して寝こけている、それすらも彼女の一面であり
進んでしまうのは、そんな一面への裏切りであるような気がした
もっと正確に言えば、できうるかぎり彼女の理想とする姿に近づいていたい、というか
「…………(くそ……)……」
どこまで自分を翻弄すれば、気が済むのだろうと思う
相変わらず、気楽な眠りに落ちたままの彼女の鼻をつまんでやりたい衝動を抑えつつ
俊は彼女の寝床を確保すべく、布団の入った押入れをすらりと開いた
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