この時間帯に生徒会室の窓際へ立つと、彼らがわいわいと帰っていく後ろ姿が見える
だからいつも自分はさりげなくそこに立ち、開けておいた窓を閉じるのが、最近の日課となっていた
けれど今日は、いつもとほんの少しタイミングがずれた
窓のちょうど真下から、カーテンを引く自分のほうをふと見上げるそぶりに
いつもはゆっくり引くところを今日は、慌てて力任せに引いてしまった

「会長? 外に、なにか……、あら」
「あ」
「ボクシング部の連中……ですね」
「……そうね。このところずっと、だいぶ遅くまで残っているようだから……
わたしたちも、そろそろ帰りましょうか」
「……はい」

特に何ら詮索をしてくるでもなく、副会長はたんたんと書類を片付けはじめる
銀縁の眼鏡もきりりと頼もしい、彼女の本音の在処は
つきあい始めて三年目になる今においても、なんだかよく判らない
ただ、件の練習試合を実施することを伝えたとき、ほんの一瞬、眼鏡の奥の目線が揺らいだように思えた

試合は、別に他意があって設定したわけではない
入学早々、全校生徒の前で啖呵を切った新入生・真壁俊。彼は、新しい部を作るなど
なにもかも受け身のまま緩やかに進むこの学園に、涼やかな風を吹き込もうとする
けれど、本人に自覚があるのかないのかはさておくにしても、彼は目立ちすぎていた

現状、少なくとも自分が生徒会長の任を務めた今までの間には
部を新設したいなどという能動的な動きは、他に類を見ないし、見なかった。けれど、それでも
安易にそれを許可するのではなく、ある程度の意欲と実績を示す必要があるという前提及び前例が必要なのだ
あくまで、中立を保つという意味で。そして、人気故の認可などという、穿った見方を防ぐためにも
そのメンバーの中に克がいるかいないかは、微塵も関連はない。───ない、けれど
さぞや自分は、彼に疎ましく思われてしまっているのだろうという不安はある
もしも願いが叶うなら、彼との距離を少しでも、できることならあのころのように縮めたいと思っているのに
「生徒会長」と、彼の言葉を借りるなら「お嬢様」と
今の自分は、彼に疎まれる立場を二つも担ってしまっているのだな、と

ここまで考えが至ると、哀しみというよりもそれを通り越して、苦笑すら浮かんでしまう
ご立派な御託を並べながらも結局は、中立になりきれない自分にも
幼いころの思い出を、きれいなもの・かけがえのないものとして胸に抱いているのは自分だけだと
知っているにも関わらず、未練がましく悩んだりしている自分にも



───「使用人の息子」と「お嬢様」の関係は崩れたはずだ
のらりくらりとかわすいつもの口調ではなく、はっきりと言い放たれた彼の言葉は
その位置関係が、彼の中で未だしっかりと根付いているのだということに他ならない



彼の母が自分の家に勤めていたのは、彼も自分もまだ幼いころの話
放課後から母が仕事を終えるまでの間、彼もまた自分の家へとやってきて
広い筈の庭をところせましと飛び回るそのあとを、自分は懸命になって追った
自分の持つ地図を箱庭と例えるならば、彼の描く地図は、まさに世界地図
そのアンテナは縦横無尽に、ときに空に向かって伸びていく
彼の宝物のひとつ───庭木の枝からの景色を、半ば無理矢理教えてもらったそのとき
自分が負ったのは、ほんのささいな掠り傷だったのに
それ以降、彼が家に姿を見せることはなくなった

泣いて泣いて泣きまくって。そのうち、彼の母までも自分の前から姿を消す
次に彼の母の姿を見つけたのは、黒ずくめの人だかりのなか、そこだけ妙に鮮やかに飾られた小さな額縁の中
あのころの自分はまだ小さくて、その空間に漂う厳かな空気の理由にも
久しぶりに目にした彼の目が泣き腫らしたあとのように真っ赤だったことにも
気づくことはできなかった
彼の、血を吐くような叫びは、未だに時折夢に見る



「───会長?」
「!」

どれくらいの間ぼうっとしていたのか。堪りかねたように呼びかける副会長の声に、ようやく我に返った

「あ……ご、ごめんなさい、ぼうっとしてしまって」
「お疲れですか?」
「そ、……ういうわけでは……ないのだけど」
「…………。帰りましょうか」
「ええ」

なんとか笑顔を取り繕い、鞄を片手に生徒会室の電気を落とすと、次いで副会長はドアの鍵を閉めた

生徒会室の鍵を所持しているのは自分と副会長のふたりだけであり
部屋を一歩でも後に出た方が鍵を閉めるというのが、暗黙の了解となっていた
今日に限って、先に出た彼女が鍵を閉めてくれたというのは
直接的な原因までは読み取れないにしても、自分を見て、何かしら思うところがあったからなのかもしれない
けれど、例の如く何の詮索もしてこない。それはとても有難いことだと思った

今日に限らずいつも自分がここを後にするころ、歩き出すその先に彼の姿はない
彼は既に、彼の仲間たちと歩き去ってしまっているから
だからといって何ら変わるわけでもない景色を眺めながら自分が感じるのは
残念な気持ちと、ほっとするような気持ち。そしてそれは日に日に後者のほうが強くなっていく

変わってしまったのは彼だけではない。泣きながら彼の姿を探したあのころとは、自分自身も変わってしまった
彼を追いかけて走る勇気もない今の自分と彼との距離が縮まることは、もうないのかもしれない



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