(多分)意地を張っているだけの日野と、実は彼を好いているという生徒会長と
日野が倒れたどさくさにまぎれ、ふたりきりにしてしまおうという秘かな目論みは
保健室のドアを閉めた瞬間、日野をここまで運んできた彼に速攻で指摘されてしまった
「───まあ、なんか知らんけど……。ほどほどにしとけよ」
笑って誤魔化す自分を彼は責めるでもなく、かといって賛同するでもなく、肩を軽く回しながら苦笑して
それだけ言い、再び部室への道をすたすたと歩き始める
「はあい……」
『ほどほどに』まさにおっしゃるとおりの話で、我ながら余計な世話を焼いてしまっている自覚はある
また、ひと様の恋路をあれこれと気にしている場合ではないのだということも
とはいえ、肩をすくめつつこんな気の抜けたような返事をしてしまったのは
昨夜の彼の言葉が心に引っ掛かったままだからなのだろうと思う
あのふたりを少しでも近く。そう思い働きかけてしまうのも
おせっかいだけではなく、自己投影での欲求あるいは焦燥感の昇華のためなのかもしれないと思うと
嫌悪感で胸が痛んだ
練習試合に向けた減量のせいで、すこし線が細くなった
それ以外、見た目は何ら変わらない彼には、少し前の彼と比べ、決定的に変わったことがある
昨夜の言葉が、単に減量のことだけを差していたのか、それとももっと深い意味をも含めていたのか
それは彼にしか判らない。結局自分は、その意図を問いかけることはできなかった
───“はいりこめない”のは、どこなのか
彼の言葉が少ないのはいつものこと。ましてや今は、部活中
日野に、栄養失調の気はあれど、差し当たっては心配なしのお墨付きをもらった今
彼が急ぎ足になるのも、自然な話の筈
だというのに、それ以上何ら言及もなく悠然と歩みを進める彼の背中に、たまらなく不安にさせられた
“はいりこめない”自分はもう、彼の視界にはないのではないかと
彼が人間であれ何であれ、彼は彼だ。それならば自分はこれからも、彼に好きですと伝え続けていけばいい
失くなってしまった力など補ってしまえるくらいに
人間になった彼が戻ってきてくれたとき、自分は密かにそう思った
少なからず合わせてくれている風はあるものの、いつもと何ら変わらない歩調と
その場に立ち止まってしまった自分のせいで、彼との距離はゆっくりと広がっていく
そこに吹き抜ける静かな風は、そんな決意を簡単に押し流してしまう
読むな読むなと言いながら、本当は、彼が自分の心を“読んでくれる”ことに
どこかほっとしていたのかもしれない
裏を返せばそれは、彼が、多少なりとも自分に興味を持ってくれていることの表れなのだと思えたから
その力が失くなったいま、自分の考えていることが彼に伝わるのは
至極当然のことながら、言葉として伝えた分のみ。逆もまた然り
もともと根掘り葉掘り聞き出すようなひとではないのだと、頭では判っているけれど
それでも、彼のほうからは何も問いかけることがないというのは、すなわち───そう思ってしまうのだ
そこにきて、昨夜の彼の言葉だ
はいりこめないのは、どこにですかと。問いたいのに問えない
その場に立ち尽くしたまま彼の背中を凝視する今の自分に、彼が気づくこともないかもしれないと思うと
口を開くのも怖くなった
すがりつきたい、抱きしめて欲しい。そう思うことすらはばかられるのも
いま自分たちが居るのが学校であるせいではない
ぐうと手を伸ばせば、あるいは、一歩足を踏み出せば届くはずのこの距離が、たまらなく遠い
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