雲とピアスとパラダイムシフト
03 王兄と死神
そこに来ざるを得なかった経緯に責任を感じ落ち込む鈴世が客間を後にしたのを皮切りに、その場のメンバーはそれぞれ自由行動の流れとなった。女どうし積もり積もった話がしたいと、いそいそ私室へと連れ立って行ったレディースふたりを見送り、何とはなしに外へ出る。そこは勝手知ったる江藤家の庭……ではなく魔界城近くの「空きスペース」。わらわらと群生する謎めいた木の枝に手を伸ばしつつ、示し合わせたわけではないが結果的に連れ立って出てくることになった相手の顔を見ることなく、俊は尋ねた
「で、実際のところはどうなんだ」
「へっ」
「───と、今ごろうちのが質問攻めにしてると……思う」
「はあ……」
そのつもりで心の耳をすませば、私室で根掘り葉掘り開墾しまくっているのであろう会話をリアルタイムで聞くこともできるのだが、柄にもなく本人に対して探るような物言いをしてしまったのは、「うちの」に良くも悪くも影響を受けているのかもしれないな、と俊はこっそり苦笑した
そして問われた方はといえば。俊が振り返ると、似たような問いかけを駄目押しされたからなのかそれともそんなことに興味なさそうな相手からの問いかけだからこそ観念したということか、へなへなと草地に座り込み頭を抱えるジョルジュの姿があった。ため息が無駄に深く長い
「…………一応聞くけど……俊にはどう見えてんの……」
「『ただの友人』には見えんし、ましてや『顔見知り』程度にも見えん」
「いや、もうちょっとフォローというか、こう……」
「ところで『友人の友人で仲間』って、冷静に考えるとそもそも文脈としておかしくないか?」
「ヤメテクダサイ……」
魂が抜け落ちたように撃沈しながら「蘭世はうまいこと騙せたのにな……」とぼそりとジョルジュは呟く。いやまったくもって騙せてなかったぞ、と追い打ちをかけるのをとどめる程度の親切心は俊でも持ち合わせていた。どう見てもお相手のほうも満更でない雰囲気を醸し出している現状において、そこまで執拗に隠し通そうとする必要性はよく分からなかったが
目の前の芝を、ちょっとした小道でも拵えそうな勢いでぶちぶち引き抜いた残骸を、風がやさしく散らしていく。それを見送ったあとジョルジュは再びため息をつき、立てた膝に顎を乗せたまま切り出した
「一緒にいると楽しいし……」
「え?」
「これ喜ぶだろうなってことが起こってると知ったら、なにをさしおいても報せに行きたくなる」
今日みたいにな、とジョルジュは笑った。客間での語らいにおいて、江藤家・真壁家一同が魔界に逃げてきたことをジョルジュが教えてくれ、たまたま一緒にやって来たのだとサリが口にしていたのを思い出す(いま気づいたが、動揺していたからとはいえこっちはこっちで言っていることがおかしい。同じ場所に来るのだから一緒に来るのは普通のことだろう)
「逆に、むこうには無関係なことでも、なにかおれにいいことがあったら知ってほしくなる。まあ、その……大切なひとですよ」
「…………。だろうな」
「だからこそ……なにも好き好んで死神なんかとつきあわんでも、とか思っちまうんだよなあ……」
「? ……どういうことだ」
「あ、いや……。単純に、他にふさわしいやつがいるだろうにな、って話」
ようやく喋り出したと思ったら、盛大な惚気というかなんというか、いったい自分はなにを聞かされているのかと言いたくなるような告白が始まった。にも拘らず、それに対して気の利いたコメントも出せないうちに流れは急展開。何がどうしてこうなった
ただタチが悪いのは、この流れに若干の既視感があることだ。自分たちの場合は魔界人と人間と、シンプルかつ明確な相違があったのだが、彼らの場合は魔界人同士───とはいえ、だからこそ抱える複雑な問題があるのだろう。それでも言いたい
「……『蘭世と俊の物語』を知ってるおまえがそれを言うんだな」
考える時間が欲しいと逃げ出して、ぐだぐだ悩んだ挙句、何もかも投げ出そうとして。独りよがりの逃避の結果、どうしようもなく相手を傷つけた。先刻、その相手の一途な思いが報われたことを改めてしみじみ喜んでいたのはどこの誰なのかと
「その『物語』の当事者なら分かるでしょ……。いろいろあるんだよ」
「………………」
別に挑発したわけではないし反発してほしいわけでもなかったが、ジョルジュの、穏やかにたたえたままの笑顔がなんだか悲しかった。相手を傷つけることなく事を運ぶ自信があるということなのか。何もかもを諦めているということなのか
とはいえ、今でこそ客観的に講釈をたれることができるものの、あのときの自分は、放っておいてほしい───より正確に言えば「外野は黙ってろ」としか思えなかったこともしっかりと覚えている俊としては、口を噤むほかに術はなかった
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