雲とピアスとパラダイムシフト
04 王兄と吸血鬼(王兄妃)

歓迎のディナーは、文字どおり宴も酣。妊婦ゆえノンアルコールで過ごした妻と、がっつりアルコール攻めを喰らったもののそれなりの消化機能を備えている自分とは、比較的穏やかにその場を楽しんでいた
一方、弟かつこの世界を束ねる王はといえば。飲んで飲んで飲まれて飲んだ結果、酔っ払いのお手本のように酔いつぶれており。なんだか嬉しげにそれを介抱している弟嫁すなわち王妃を手助けするべきかと眺めていると、ジャケットの袖をくいくいと引かれた

「昼間、なにお話してたの? 」
「昼間?」
「えっと……サリとわたしがふたりで部屋に行ってたとき、ジョルジュと」
「……。別に……ふつうに雑談。そっちは大分盛り上がってたみたいだな」

自室の窓から外の景色を眺めたとき、自分たちの姿が目に入ったらしい。爛々と輝く目に潜むそのご期待どおりの話をしていたのだが、ご期待どおりの実績を得たわけではないこともあり、なんとなく会話の内容は濁した。それを特に勘繰る風でもなく、蘭世はにこにことその盛り上がったっぷりを主張する

「そうなの!  久しぶりだからっていうのもあるけど、たくさん喋っちゃった。近況報告っていうか……」
「ふうん」
「あっ、落ち着いたら遊びに来てって言ってくれたの。なんかね、最近、お料理の腕がすごーく上がったんですって」
「へえ」

やっぱり誰かのために作ってると違うわよねぇ……と、意味ありげな視線をよこしつつ、鼻歌混じりにテーブルの上のナフキンを畳み直したりしつつ。さも何かを訊いて欲しそうな仕草に、そろそろ突っ込んだ話を振ろうかと思い始めたころ、なにかを思い出したように蘭世は言った

「……あなたがわたしと結婚するとき、種族の問題が出てこなかったのって、曲がりなりにもあなたが王家の方だからなのかしら」
「…………」

『曲がりなりにも』というフレーズの是非はさておくとして。そういえば考えたことすらなかった。もっとも、問題視されたところで、はいそうですかと聞く耳など持ち合わせていないのであるが

「アロンとフィラさんはどうだったのかしら。あっ、でもお見合い? っていうか先王さまがお決めになったって言っていたから、反対もなにもって感じよね……」

この一連の流れで、ぶつぶつと口ごもる蘭世の心を読み取らずとも、女子ふたりの間でどんな話の流れになっていたのか手に取るように伝わってきた

たとえば自分の場合はどうであったか
人間となってしまった自分とでは、魔界人である彼女は幸せにはなれないのだと、幸せの定義すら曖昧なまま別れを選ぶほど追い詰められた。が。その舌の根も乾かないうちにやはり彼女とははなれられないのだと実感させられたのは……。勿論そればかりではないが、同じ人間となったという事実が、自分の心に髪の毛ひとすじほどの安堵ももたらさなかったかというと、正直、自信がない。勿論そればかりではないが(リマインド)

ただそれほどまでに悩まされたのは、魔界人と人間と。すなわち、寿命、能力その他明確な違いがあったからであって、種族が違うとはいっても、元をただせばおなじ魔界人ではないかと思ってしまっている部分があるのは、自分がまだ魔界の感覚に慣れていないからなのか。それとも自分が「死神」「夢魔」「吸血鬼」など、分かりやすい種族に属しているわけでもなく、敢えて言うなら「王族」などと、割とふんわりした分類しか無い(そもそも『しか無い』のかどうかすら分からない)からなのか。隣に座る妻が、種族の違いにより何かを諦めることはさておき、それについて悩むこと自体には疑問を感じていなさそうなことからも、やはりそういうことなのか

昼間に「雑談」をした相手のことを、必要以上に責めるような物言いをしてしまってはいなかったかと、今更になって気になりはじめた。そして、彼が単純な「違い」だけを気にしているようではなかったことも

こういう話を当たり障りのない程度にさらっとできればよかったのだが。そう思う相手は、なお陶然としたまま、その妻が扇子で送る風に当たりながら優雅に高いびきをかきはじめていた



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