雲とピアスとパラダイムシフト
05 王兄と吸血鬼(王兄妃)と皇太后

「その……おれたちの結婚が反対されなかったのは、おれが王家の一族だから?」
「反対しても聞かないくせになに言ってるの」
「それはそうだけど。……あっ」

うっかりもれた素直な返しに、その場にいる自分以外の二人はニヤニヤしていた。もっとも妻の方は「……ポッ」と擬音が付きそうな赤く染まった頬を両手で押さえながらではあったが

つい先刻、父から預かっていたという一子相伝の石を理由に、母の私室へ妻とふたり揃って招かれた
ホストひとり、ゲストふたりが、宴の席を外し続けるのもどうかと思うのだが、女性ふたりは勿論のこと口下手な自分でもつもる話はそれなりにあって、だったら静かなところでもうちょっとだけ話しましょうとなるのも自然な流れ。その「もうちょっとだけ」が延びに延び、結果として、未だ三人揃って母の私室にいた

折角なので、夫婦間で答えが出ないままだった話題を出してみたところ、神速のカウンターをまともにくらい、出鼻をくじかれたのが冒頭のやりとりだ。ゴホンとひとつ咳払いして、なにやらこそばゆいというか甘ったるくなってしまったその場の空気を仕切り直したつもりだが、うまくいったかは分からない

「えっと……」「あのっ」

それまで、自分が話すのを優先させるためか、心持ち控えめにふるまっていた妻が、喰い気味に切り出す。タイミングが被ったいまもこちらに遠慮するそぶりを見せたが、もうひとつの主題の説明も兼ねて妻に任せることにした

「……違う種族同士が……たとえばおつきあいしたりするのって、いまだに何か問題があるのかと思いまして」
「あー……。『いまだに』というか……ええと……」

人間として暮らしていたころからスパッとはっきりものを言うタイプだった母が、珍しく言い淀む。世間話の延長で話すには難しい話題だという自覚はあるが、いまは興味のほうが先に立った

「……そうね、先に王族の話をしましょうか。わたしの知る範囲で、のお話になってしまうけど……」
「お願いします」

自分より先に、妻が前のめりで頭を下げる

「王族の役割のひとつに……いろんな種族との縁というか血を繋いで、自分たちの能力をより強いものにしていく、というのがあるらしいわ。だから、わりと積極的にいろんな種族から伴侶を選ぶ……って言ってしまうとなんだか聞こえが悪いわね……。でもそういう感じらしいわよ」
「なるほど」

運ばれてきた冷茶を差し出しながら、母はさらりと言った
王族本人の意思が後回しにされている風なのが若干気になるものの、要は、いいとこ取りのつまみ食いということだろう。妻のような変身こそできないものの、精神感応、瞬間移動、攻撃、治癒、遮音、結界等の各種魔法……等々。万能といえば聞こえがいいが、やろうと思えば何でもあり、ごった煮状態の自分の能力を思い起こすと、頭が落ちそうな勢いで頷ける

「といっても、相手は誰でもいいって訳ではないと聞いているわ。家柄は気にするって。まあ、ありがちというか……普通にいやらしい話よね」
「えっ」

悲鳴に近い声を上げ、しまったという表情で固まった妻を見ながら母は吹き出しつつ諭すように続ける

「えっ、て……。蘭世さんの場合は全然問題ないでしょう。そもそも魔界の危機を救った立役者ですもの、むしろ俊でよければ熨斗を付けて差し上げますからとこちらからお願いするレベルの話よ」
「そんな、やめてください皇太后さま。恐れ多いです……」
「わたしこそ恐れ多いわ。こういう親子だけの場では、せめて、お義母さまって呼んでちょうだい」
「…………っは、はい、お義母……さま」
「…………」

───若干置いてけぼりにされている女性ふたりの会話に入り込むのは諦めるとして
自分たちの結婚については、自分が王族だから揉めずに済んだという訳ではなく、むしろある意味逆で、自分は伏してお願いするほうの立場だったらしい。日頃は王族らしい言動などなにひとつできていないのに、こんなときだけ都合よく王家の冠を被っていたちょっと前の自分がこっ恥ずかしい。そして妻の両親はああ見えて(というのも大概失礼だが)実はすごい人達だった

さらに、母から指摘されるまで失念していたが、確かに、自分たちの場合は置かれた状況が特殊過ぎて、まったく基準にならなかった。それでは、その前の代の人達は如何だったのかというと

「じゃあ……おふくろはそういう……家柄だったり種族的だったりなアレって……」
「あら、言ってなかったわね、そういえば。わたしは癒しの力を司る一族だったのよ。治療したり薬を作ったり」
「へえ」
「いちおう、一族の長の娘だったから、家柄は問題にならなかったみたいね」

こう見えてじつはお嬢様だったのよ、と母はあっけらかんと笑った。仕立ての良いドレスを身につけ、豪華な装飾の施された部屋にこうして悠々と腰掛けているのを眺める分に、『こう見えて』というほどでもないと思われたが、口にするのはやめた

癒しの力を司る一族。それはこちらの世界の医療衛生全般の権能を一手に担う者達だという。身体的・精神的治療は勿論のこと、薬を精製したり……その薬は各種魔法素材としての効用も持つため、精霊、秘儀術師、錬金術師等あらゆる存在との縁合が深く、身近なところだとメヴィウスとは先代からのつきあいだという
母の出自については完全なる初耳だったが、わりと腑に落ちる話ではあった。「不吉な王子」とされていた自分とともに魔界を追放されたときに、記憶を失いながらも母が看護師を目指したのは───当時、女手ひとつで生活の糧を得るためにいちばん堅実と思われるのが看護師の道だったということもあるけれど、魔界を追放されても・能力を封印されても、亡失に至らなかった本能の導きがあったのかもしれない

「俊、あなた、生まれ変わって間もなく、誰から教えられたわけでもないのに治癒の術が使えたでしょう。あれは完全にわたしからの遺伝よね」
「……なるほど」
「アロンは……怪我したら周りが飛んできて治してくれる環境だったから、治癒の術はすっかり忘れてたようだけど……あっ、薬を作るのは昔から得意だったと聞いたわ」
「…………」

そういえば、いまとは逆に彼らが社会勉強と称して人間界に滞在していたとき、居住用として持参した家(のミニチュア)は、巨大化したり住人への手厚いケアをしてみたりという仕様を含め、実は彼の手作りだと聞いた記憶がある。その後、ボクシング部の部室を急ごしらえにもかかわらず上手いこと改造したりもしていたし、意外と我が弟殿は手先が器用だったように思える。薬を作るのが得意というのもその一環だったのか、どうか。何か心当たりがあるのか、となりで妻が微妙な顔をしているのが若干気になるが……

「ちなみに、あのひととのなれそめは、あのひとが蛇に噛まれてよれよれに死にかけていたのを、治してあげたのが最初だったの」
「えっ」
「(よれよれ……)」
「なのに名前も訊いてこないで、しばらく『娘』呼ばわりでね。……何様なのよって思わない? まあ王様だったんだけど」
「…………」

薄々感じてはいたのだが、母は意外と口が悪いうえに、結構いろんなネタを隠し持っているのが面白さ半分、怖さ半分だ。ポケットの中の石をなんとなく労りたくなったのと同時に、妻が母に会おうとするときは、是が非でも同行することを強く決意した

「……魔界の住人ってね、みんながみんな、たとえば漫画のキャラクターになるような、オーソドックスなモンスターばかりではないの」
「ああ……まあ、そう言われてみれば……」
「わたしもそうだけど、『何かの能力を司る一族』というくくりで、ふんわりしてる……とか言ったら怒られるわね……けどまあそういう人達のほうが多いくらいなのよ。それがすごい・すごくないって話ではないわよ?」
「…………」
「だからこそ、かもしれないけれど。純血とか血統を重んじる種族は、いまも確かに存在するわ……どこの種族がってわけでなく満遍なくね。それはそれぞれの種族の意思に委ねられるものだから、第三者が口を出すことはできないわね」
「…………」

そして話はもうひとつの主題へ。ふと妻を見ると、前段の流れでなんとなく希望が見えそうな雰囲気だったのに、突然の急降下───やはりの現実を突きつけられ、分かりやすくしおれていた。その異変を母も察したようで、一瞬ぎょっとした表情になり、こちらを伺う。どうやら母は、こちらの一連の問いかけについて、妻の両親の過去をベースに沸き上がった疑問だと思っていたらしい
「駆け落ち」というワードだけを見れば、ある種のロマンチックな響きを備えてはいるが、それこそまさに、個人ではなく種族の意思が優先された結果として、そうせざるを得なかったことだ。あくまで義両親サイドの見解としては
それでもこの問題は、そういった事例も含め当事者である種族の中で方向付けされるものであって、まったくの外野が口を挟めることではない───その結論は変わらないのだとしても『前提を教えておいてくれれば言い方を考えたのに!』と、脳天に刺さる勢いのテレパシーでなぜか自分が怒られた

「ええと……違う種族同士がどうなるこうなるってのを制限する、法律みたいなものはないんだよな?」
「そうね……掟という形で残っているものはないわ。『いまは』ね」
「じゃあ、他の種族となんとかなりたいヤツがいたら、それを禁止する根拠もないってわけだ。あくまで現状の魔界の掟のうえでは」
「!」

苦し紛れに言いまわしを変えてみただけなのだが、パッとこちらを向いた妻の顔を見るに、どうやらお気に召したようだった。もしかしたら、自分がこの問題に思いのほか積極的に踏み込んでいることを喜んでいるのかもしれないけれど───勘のいい妻のこと、先刻は「雑談」と濁した昼間の会話の内容がバレていそうなのが気になるところではあるが

母が態々『いまは』と強調したように、掟として現存していないほうがむしろ難しいのかもしれない。過去に存在した掟が口承され続け、長い月日をかけて昇華されてしまった信念的なもののほうがタチが悪いことは、かつての「不吉な王子」であった自分も身をもって知っている(ただし自分の場合は怪我の功名で結果オーライ)。そしてそもそもそんなことは、こちらの世界の住人であるあのふたりもとっくに把握していることだろう

「……まああいつらの場合は、多分、時間の問題だろ」
「そうね……。えっ」
「あっ」

───今日は口がよく滑る



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