別れの予感 -HAYATOCHI REMIX-

「おじさん……ていうか王様ってさ、おれのことどう思ってんのかな」
「えっ」



それまでの空白の時間を埋めるかのように、手を変え品を変え場所を変え、互いに何度も攻めたて、何度も果てて。遅い昼食どころか宵の口を迎えてしまったいま、身も心も放心状態となったふたりは、何をするわけでもなくただじっと身を寄せ合い横になっていた

「どうって……甥っ子? 大好きなおにいさまの息子で、わたしの……」
「鈴世のことはどう思ってるみたいだった?」
「…………」

『わたしの』───ココの、何なのか。それを次ぐのを遮ったうえで、ふたりでいるときに口にするのはなんとなく憚られていた名前が唐突に提示され、ココはぎょっとした。意図を計りかね、じっと凝視するしかできないココの視線に気づいてか、卓は枕にしていた腕を曲げてココを引き寄せる

「変な意味じゃねえぞ。……もう無駄に勘ぐる必要ないだろ、いまさら」
「う、うん……」
「……とか言って……結構気にしてたりして……」
「卓!」
「……ごめん。絡みたいわけじゃねえんだ。けど……ちょっとおれ最近おかしい」
「…………」

変な意味ではないと言いながらも、視線を反らし自嘲気味に笑う卓の横顔を見ていたら、ココの胸に、寒気にも似たざらりとした感覚が走った

「ちょっと前……コーチがメヴィウスに連れてかれたことがあっただろ?」
「あ、ああ……あったわね、そんなこと」
「あのときのおまえ、かっこよかったよな」
「えっ」
「メヴィウスに『思いあがるな』って言ったとき。結構な迫力だった。……ああ、まがりなりにもやっぱり王女様なんだなって思った」
「まがりなりにも……?」
「あっ、悪りい。つい本音が。……つうか、鍋がっつり焦がしたのを涙目でこすってるのとか見ちまうとさ」
「…………」

つい先日、というか昨夜、まったく同じことを言われたばかりなのだが。この兄妹は、そろいもそろって……

「ん?」
「ああ……ごめん、なんでもないの。えっと……王女様って、それを言ったら卓だって、立場的にはわたしとたいして変わらないでしょ」
「それはそうなんだけど、そうじゃなくて。───なんていうか、氏より育ちってやつ? 昔の人ってつくづく上手いこと言うもんだよな」
「…………」

落とすようで、やっぱり褒められているらしい。といってもそれは正直それほどうれしく感じられるものではなく、『王女』よりもむしろ『様』にアクセントを置いたようなその語り口に、ココの予感は確信に変わっていった。これは、できれば長く続けないほうが良い話題だ
けれど、そう思ってずっと避けてきた名前を不意に口にされただけで、どうしようもなく動揺した。そんな、棘を抜かないまま放置するようなことはもうしたくない。だから、落ち着いて聞かなければ。───でも

「もしかしたら、血筋しかないおれじゃ、ココの相手としてふさわしくないのかなとか思ったりして」
「は?」
「おやじや愛良みたいな……たしか鈴世も何気にすごい能力持ちだったんだよな? そういうわけでもないし……ていうかさ、もしかしておれって結構ハズレの部類なんじゃねえの? ご立派な血筋のわりには……」
「関係ないでしょ! やめてよ!」

血筋『しかない』とか、『わりに』とか。そんな、とるに足らないはずの要素を並べ立てたうえで、いったい何を言い出すつもりなのか

「なによ、なんで突然そんなこと……卓は卓じゃないの……」
「……うん、こうやっておまえに否定させてさ、むちゃくちゃカッコ悪いよな」
「…………そんな……」
「この部屋も……ゆっくりこっちの生活に慣れてけなんてカッコつけちまったけど……最初は純粋にそう思ってたんだけど、ちょっと経ったら変わってきて」
「え?」

『変わってきた』そのフレーズの衝撃はあまりにも大きかった
ココの肩に添えられていた卓の手の力がすっと抜けるのが分かる。こんなときこそ抱きしめていてほしいのに、なぜ

冷静に、フラットな心で卓の言葉を聞かなければ。そう思っているのに、よくないほうへ心が傾いていく。心臓があり得ないくらい速く脈を打ち、でも多分きっと頬は青ざめていて……一瞬だけココのほうを向いてすぐ視線をそらしてしまった卓がそれに気づいたのかは分からない

「もし、突然ココの目が醒めたら───そのとき、野郎とふたりで暮らしてたって事実があるのはまずいんじゃないかなって思ったんだ」
「…………」
「愛良はもちろん、多分、おやじとおふくろにもいまの状態はバレてるけど、そのときはおれが下手こいたって言えば……まあ、そもそもあのひとたちは変な口出しはしてこないだろうけど」
「…………」
「とにかく、あくまでこっちには『遊びに来てる』体にしといたほうが、万が一のときもイトコだからってギリ押し切れるかなとか、いろいろ考えて……」

───ああ、なるほど と、ココはようやくことの概要を理解できたような気がしていた

要するに、今後のことを考えたとき、ふたりで暮らしたという事実が存在するのはまずいことになってしまっていたのだ。卓にとっては
イトコだから それ以上の関係ではないのだ と、押し切る算段を立てなければいけないほどに

血筋だの能力だの、そんなのは単なる後づけあるいは思いつきで、卓自身を卑下することで、せめてこちらの傷つく度合いを和らげようとする気遣いのつもりなのだろう

「……考えてたんだけど。ごめん、早々に限界がきたわ。調子狂うっていうか……結構やばい」
「…………限界……」

気遣いながらも駄目押しもしっかりと執り行われる。『限界』だと

『ひとりはさみしいかなって』───などと、我ながら考え無しなことを言ってしまったものだという自覚は、実は少し前からあった。言葉にしてしばらく経ってからその重さを感じさせられたというか、じゃあ、ひとりにしているのは誰なんだという話に行きついたから
ココの場合は常に周りに誰かがいるけれど、卓の場合は文字通りひとりなのだ
ただでさえ、初めて親元を離れて負担が大きいところに、何も考えずただ甘えて。そりゃ、いつ愛想を尽かされても───いつ『限界』がきても、おかしくなかった。変わってしまったのではない。変えてしまったのは、自分だ

「……やめたいってこと?」
「え?」
「別れたいってことでしょう? だったらそんな、回りくどいことばかり言ってないで、はっきり言ったらいいじゃない! そんなやさしさ、いらない!」
「え? 別れ……?」

思いを伝えあって、幸せで、醒めない夢をずっと見ていられるつもりでいた。いつからか『ふたりで暮らした事実があったら困る』と思い始めていたという卓の気持ちの機微に気づけないまま

それでも、ココは溢れる涙を止めることはできなかった。ボロボロと勢いよく落ちていく涙に卓がぎょっとしたことにも気がついたけれど。だって、好きなのだ。どうしても。ごめんなさいなんて、受け入れるなんて、できない

「……わたしだけひとりで浮かれてて、バカみたい……」
「は?」
「わたしは卓のことをずっと好きになってく一方なのに! 突然終わりなんて! ひどい!!」
「終わりって……おい、ココ……」
「卓がわたしのことをきらいになっても、わたしはもう卓のことをきらいになんてなれないのに!」
「だから! ちがうって!!」
「!!」

ティッシュの箱を片手にあたふたしていた卓が、業を煮やしてココの肩をがくがくと揺さぶった。ココのヒステリックな叫びに負けないくらいの大声が部屋に響く
卓がこんなに声を荒げるのは、久しぶりのことだった。二重の意味で驚いた拍子にココの涙が止まったのを確認して、卓はほうっと息をつく

「嫌いなんて……ひとっことも言ってねえだろ……」
「言ってるじゃない! さっきから、ずっと!」
「言ってない」
「言いました! 言い…………、え……っと……。あれ?」
「言・っ・て・な・い」

くってかかるココの勢いに怯むことなく、卓はまっすぐにココの目を見て繰り返す
───確かに、『嫌い』とは

「言ってない……かも……」
「だろ?」
「で、でも……血筋だけとか、ふさわしくないとか……」
「あ~……、それは……そうか……」
「……それに、もう、げ、限界だって……」
「うん、とにかく誤解だから。ちょっと……水でも飲んで落ち着こうぜ。取ってくる」
「あ……」

と、なにかに納得したような顔で頷くと、ココの涙を拭いたティッシュを丸めたものを片手で手遊びしながら卓はベッドから降り、キッチンへと向かっていった












「まあ、限界は限界なんだよ。うん」
「だから、その限界っていうのが……」



ちょっと行儀悪いけどいいよな? と卓は、言い置いていった水と、急ごしらえで作ったというハムサンドを手に部屋へ戻ってきた

なんだかんだで腹は減る。腹が減れば、頭が回らないぶんおかしなほうに考えが向いていく。とりあえず簡単にではあるが腹を満たそう ということらしい。こんな大事な話の最中に、食事なんて……と思ったものの確かにお腹は空いていて、なるほど、あまり行儀はよろしくないが、ベッドにふたり並んで座りもぐもぐとしてみたら、なんだか気持ちに余裕が出てきた気がする

たっぷりの氷が浮かぶ水がなんだかすごくおいしく感じられた。それを一気に飲み干したところで、そろそろ頃合いだと見定めたのか、先刻までの話題が再開となった。先を求めるココをまあまあ、となだめながら卓は続ける

「たとえば今日なんだけど。帰って来たら、部屋が真っ暗でしーんとしてて……実は結構しんどかった」
「そうだったの? あの、ぐっすり寝たいかなって思って……」
「うん、気を遣って外してくれたのも分かってる。けど、ひとりだと最近はよく眠れないんだよな」
「えっ」
「布団に入ってもずっと、また見合いのセッティングされてたらとか、よくよく考えてみたらおれたちって実は釣り合ってねえのか? とか、ぐだぐだ考えて……」
「そんな……。じゃあ、今日は寝てないの?」
「まあ、目ぇ瞑っておとなしくはしてたけど」
「…………」

ココは午前中この家に帰ってきたときのことを思い起こしていた。息をひそめ、きわめて静かにドアを開けたにもかかわらず、捕獲されるのがあまりに早すぎた。あのとき寝ていなかったというならすべて合点がいく。ただ、そうであるならば

「でも……わたしがここに来てからも、その……。おとなしく寝ればよかったんじゃないの……? なんだったら、一緒に」
「はあ? 久々に本体を捕まえたのに、ぐーすか寝れるわけないだろ。それはそれ、これはこれ」
「…………」

それは喜ぶべきなのかなんなのか……どう受け取ればいいのか。困惑をめいっぱい貼り付けたようなココの顔に卓は吹き出し、空いたグラスをふたつテーブルにそろえて置いた

「……まあ、そうは言っても眠れないのはヤバいし、具合悪くなりそうっていうか、いよいよ限界っぽいから、どうにかしたいって話をしたかったんですけど」
「…………。その話が、どこをどうしてこうなったの……?」
「それはこっちのセリフだよ……。とにかく、おれはおまえがいないとだめなんだよ、もう」
「…………」
「……うわ!? なんで泣くんだよ!」

『なんで』もなにも。そりゃ、これまで真逆の意味の通告を受けていると思っていたのが、突然、いちばん欲しかった言葉をさらっと放り込まれたら、感情が追いつかないではないか。そしてそれは、ココの抱える気持ちとまったく同じものなのだから

何も言えずココは卓の胸に顔を押し付ける。卓は、赤子を寝かしつけるかのようにココの背中をポンポンと静かにたたきつつ、空いた額に唇を落とした

「……とりあえずさ、筋を通してないのに、おまえがいないからって勝手にいじけるのはなんか違うなと思ってて」
「……筋?」
「うん。順番ていうか……ちゃんとしたい。おじさんに挨拶するとかそういうこと。頼りないかもしれないけど、おれにココを任せてくれって」

───『ちゃんと』『任せてくれ』

「…………っう……」
「おい~~~~。どんだけ泣くんだ~~~~」
「だって……うれしくて……。わたしも本当は、ちょっと前から……」

卓が家を出たことを、魔界の面々に対して卓からはもちろんココも積極的には伝えてはおらず、じゃあこちらの世界に戻るときにどう言い置いてくるのかというと、真壁家に遊びに行くという名目に徹していた。それは100パーセント嘘ではないものの、100パーセント後ろめたさがないかというと、そうでもない

はじめは、そのちょっとしたスリルを楽しんでいた。けれど次第に、堂々としていられない居心地の悪さが、どうしようもなくもやもやしはじめてきた。そもそも、卓とふたりきりで同じ部屋に居るということは果たして、嘘を積み重ねて隠さなければいけないような、『悪いこと』なのだろうかと

「そういうことは、さっさと言えよ……。ああ、でも言いづらいか。気づかなくてごめん」
「いいの! わたしこそ……ごめんなさい」

ようやくココに笑顔が戻り、卓もそれを見てようやくホッとしたように笑う

「話、戻すけど……。だから、おじさんにどう思われてるか気になったわけよ。おれとしては」
「ああ……。嫌われてるとかはないと思うわよ。一緒に住むってこと自体に驚かれるとは思うけど」
「驚くか……。まあ、もし反対されたとしてもそのときは連れて逃げるけどな」
「…………逃げるって……そこはもうちょっと、なんていうか」
「戦いますって言いたいところだけど、死にかけのおれとおじさんの面倒見んのイヤだろ」
「…………」

イヤではないけれど、大変そうではあるな、と思った。揃って寝込み、うんうん唸っているふたりの姿を想像すると、申し訳ないと思いながらも笑ってしまうのではあるが

クスクス笑う姿をまんざらでもなく眺めていた卓は、ふと、ココをゆっくり押し戻し、ベッドの上に神妙な面持ちで正座した。全裸で正座。なぜ。謎すぎる行動ではあるが、なんとなく口をはさめないような雰囲気に呑まれるようにココも卓と向かい合う位置に正座する

「じゃあ、気を取り直して…………。ココ」
「は、はい」
「当初の予定よりずいぶん早いと思うんだけど、おれとこっちでずっと一緒に住んでください」
「───それはダメ」
「はあ!?」

深々と下げた頭をがばっと戻し、卓はこの世の終わりのような顔でココを見た

「いやちょっと、おま……、いまの流れで拒否るって! 鬼かよ!」
「そうじゃなくて! 『住んでください』じゃなくて、『住もう』って言って!」
「え?」
「家を出るって話してくれたとき、これからのことをふたりで考えていこうって言ってくれたでしょう? それがすごくうれしかったの」
「……なるほど」

何度目の仕切り直しなのか。おもむろに卓は咳払いをする。ただしそれに続くのは、お願いでも問いかけでもない

「こっちで一緒に住もう、ココ」
「うん……!」

ココは迷わず卓の胸に飛び込んだ












「しかし……。別れるとか終わりとか……なかなか斜め上に突っ走ったもんだよな……」
「ああ……その話はもうやめて……」

寄り添い横になっているココを覗き込みながら、楽しそうに卓は笑った
からかいたくなる気持ちも分かる。初っ端から動揺してしまったからとはいえ、早とちりが過ぎた。言葉の要所要所で真逆の意味に受け取り泣きわめいて───久しぶりに、なかなかの失態を晒してしまった

「だいたい、ホントに別れ話するんだったら、その前までの……今日一日はいったいなんだったんだって話だろ」
「…………そ、それもそう……よね……」
「あれだけやることやっといてポイって……いくらなんでも……」
「…………」

今日一日のうち、まともに理性を保つことができていた時間は、ごくわずかだったような気がする。促されるまま、また、その結果露わになった欲望のまま、卓ばかりでなくココもちょっと積極的になりすぎた自覚はものすごく、ある。先刻飲んだ冷水が不思議なくらいおいしく感じられたのは、体中のあらゆる水分を出しきってカラカラ状態だったからなの、かも……

「…………」

目と目が合った一瞬の沈黙のあと、ゆっくりと体を反転し、卓はココに覆いかぶさる。腰を引き寄せ指と指を絡め、おいそれと逃れられなくしておきながら、胸元を点々と唇で辿り始めた。───確かに、やめてと言ったのはココのほうだが、それでもまだ話の途中だというのに

「あの……。卓……?」
「……思い出したら、なんか、またしたくなってきた……ボロボロ泣いてるのって実は結構そそるんだよな」
「ちょっと!」
「あ、この言い方はまずいんだっけか。しよ?」
「…………」

まずいというか聞き捨てならないのはそこではないし、そんな顔で見られたらもう答えはひとつしかないのだが、結局のところこのやりとりも、互いの気持ちの再確認でしかない
ココは無言で頷き、食い気味にねじ込まれた舌の動きを追った



→ Prisoner Of Love おまけの真壁夫妻の話です。