夢で逢えたら 01 遭逢
「さすが若いヤツは飲み込みが早いなあ。おれなんかいまだにさっぱりよ? ちょっと画面周りが変わっただけでもうダメ」
鈴世の軽やかなキー操作を眺めながら、ジョルジュがぼやいた
魔界での生活、それ自体には良くも悪くも慣れてきて、これといった不満はないのだが、唯一、ヒマなことだけはいかんともしがたいところだった。いますぐにでも婿に行けるほど上達した(自画自賛が大事)掃除・洗濯・料理をひととおりこなす合間に、ジョルジュ家の書庫に並ぶ本もあらかた読み尽くしてしまったある日、いよいよやることがなくなりあてもなくうろうろしていると、件のサーバールームでジョルジュがディスプレイを目前に、うー、とかあー、とか唸っているのが目に止まった。それとなく手伝いを申し出てみてからというもの、なんとなく機械操作は鈴世の専任作業となりつつあり、今に至る
「慣れの問題かなあ。ぼくたちの場合、授業で習うから。人間界で使ってるのとはちょっと違うけど、なんとなくカンで」
「そうか……その手のセンスは持ち合わせてないんだよな……それとも年かな……」
「向き不向きがあるよ。おにいちゃんも苦手だっていってたし」
「…………」
実年齢を知らないのに何だが、ジョルジュは、嘆くほど年を重ねているようには、あるいは嘆くような年の重ね方をしているようには思えない。ので、その点には触れないでおいた。また、実年齢を知っている『若いヤツ』にも機械と毛嫌いし合っている例もあることを示してはみたが、ジョルジュもまたそこに触れることはなかったので、慰めになる例だったのかどうかは分からない
実行キーを打つや否や、続々と印刷されてくる「魂提供者リスト」。最初こそ、日々こんなに「魂を提供」するひとたちがいるのだということに驚きながらその膨大な行数を目で追ってしまったのだが、最近は、機械的に眺めるのみ、印刷のずれ等を確認する程度にとどめていた。いちいちリスト上の表記、特に年齢等に反応していたのでは、感情が追いつかないから
───だから、それはほんの偶然だった
放っておくと転写熱でくるくると丸まってしまうリストを軽くたたみながら、何の気なしに紙面へ目をやると、見覚えのある住所表記が目に入ってきた。すこし前、人間界で暮らしていた家の───より正確に言えば、彼女の家の住所に近いあたりだ。家自体には互いに何度も通ったものの、住所に関しては、年賀状くらいでしか見たことがない。だが、「今年もよろしく」のイラストのとなりに書かれていた、彼女の少し丸みを帯びた文字はよく覚えている。番地こそすこし離れてはいるけれど、間違いない
「ジョルジュ!」
「うお、どした」
「一生のお願い! このひとの魂を狩るとき、ぼくも一緒に連れてって!」
「はあ!?」
椅子から転げ落ちそうな勢いで立ち上がり、漆黒のマントに必死にしがみついた鈴世の形相に、ジョルジュは目を白黒させた
「連れてけって、なんで……あっ、まさか」
「………!」
と、ジョルジュはリストを鈴世の手から取り、指さしていた行の表記と鈴世の顔とを交互に見やった。ジョルジュも彼女の住所までは把握していない。しかし、年代的にみて何の接点もなさそうな相手を、わざわざ『このひと』と指定している時点で、お察しな話だった
───そうだ、いままでこの家に居候し、彼の仕事について、ある程度話を聞き、簡易作業だけだとはいえ多少なりとも関わっていたというのに、なぜこのことに今の今まで気づかなかったのか。人間界への道と扉は、自分たちがこちらの世界に来たと同時に消失してしまったが、そんな設備などなくともあちらとこちらとを自在に往来できる存在が、ずっと目の前にいたではないか
「おいおいおい、勘弁してくれよ……。いったい何回おれに掟破りな真似をさせれば気が済むんだ」
「い……1回は未遂だし」
「そ、それはそう……だが! いやいやダメ、本気でダメだって」
「じゃあ、あの雲をぼくに貸して! どうにかして、ひとりで行くから!」
「あいつは死神族の支給品で免許制なんだよ。他族にホイホイ貸したりしたら、死神業もろとも免停だっ」
「そんな……」
と、ジョルジュは鎖骨の高さくらいに合わせた手で水平に空を切った。稼業もろとも免許停止───有体に言えば、クビ。いままで依頼した『掟破り』についても同様ではあったのだろうが、改めてこう具体的に言われてしまうと───働くことの何たるかをいまいち分かっていなかった子供のころとは違い、ある程度世間の仕組みを知ってしまった今となっては、流石に怯む。日々の仕事内容が種族に直結している彼らのこと、『免停』という単語自体なにかの比喩なのかもしれないのだから、なおのこと
がっくりと肩を落とした鈴世のつむじのあたりに目をやりながらジョルジュは続けた
「……あのな鈴世、そもそも、おれの雲に乗れば誰でもむこうに行けるってわけじゃないんだ。どことは言えんが、おれたち死神族にしか通れないゲートがあって、そこから……」
「じゃあやっぱり一緒に行かせて! ジョルジュには絶対迷惑かけないから! お願い!」
「いやだから、迷惑とかそういう問題じゃなくてだな」
「…………っ。会いたいよ……」
「おーい……。このタイミングで泣くのは卑怯だろうよ……」
確かに泣き落としは卑怯だ。特に目の前の、おひとよしのやさしい死神に対しては
そう頭では理解していても、止められない涙がするすると頬を滑り落ちていった。だってもう何日彼女に会えていない? 銀の鈴のように甘く澄んだ声で名前を呼んでほしい。しっとりと滑らかな指と指を絡め合わせたい。くだらないことでずっと延々と笑い合っていたい。───会いたい、会いたい
頭を垂れて涙を拭うその頭上で、ジョルジュが長い長い溜息を漏らしているのが分かった。泣き落とすという意図がなかったにしても、彼の前で涙するのはこれで何度目だろう。呆れられても仕方ない。なんだかんだと口では賢しげなことを言いながら、結局、自分のことしか考えていないお子様なのだと
「あー、あ~~~~。そうだよなあ、人間界に通ってしばらく経つけど、おれも年だし、たまに道に迷うこともあったりなかったり……いや、あったりするかもしれないよなあ~~。だから、道案内が必要かもなあ~」
「!?」
しばしの沈黙のあと、意味ありげな咳払い。そして続いた言葉に勢いよく顔を上げると、こちらを横目でチラ見しながら鼻の頭を掻くジョルジュと目が合った。『道案内』。それは、つまり
「ほんっとに! 今回きりだぞ!」
「ありがとう!!」
やけっぱちで声を張り上げたジョルジュが、改めて深く───それはもう深々とついたため息の重苦しさとは裏腹に、鈴世の心は、雲に頼らずともいまにも空を飛べそうなくらいウキウキと舞い上がっていた
→ 02 露顕