Gotcha! 01 at Lounge

「……さっき、やっただろ。記者の奴らに」
「え?」
「魔法……ていうか、衝撃波?」
「…………」
「知ってるからってわけじゃなくて、元々、なんとなく見えるんだ。そういう、オーラとか……普通の人が見えないようなもの。……昔もそんな話したっけ。霊感が強いからってのもあるのかな」

霊感……。まあ、似たようなものかもしれない。俊は思わず苦笑した

真の目的が目的なだけに、そこまで乗り気ではない酒宴ではあったが、いざ来てみればそれなりに楽しめるもので、さらに思わぬ再会があったというのは嬉しい誤算だった。途中で横槍が入ったもののそこは適当にいなし、家で留守を守る愛娘に安否確認の電話連絡をしがてら宴席を中座したところで、同じく席を外していたその再会相手───筒井と鉢合わせしたのだった。彼は彼で所属事務所からの連絡を受けていたという。賑やかとはいわずとも、それなりに人がいるこの店で落ち着いて通話をするとしたら、同じ場所に行きつくのは自明の理だった。そしてこの静かなロビーでふたり、なんとなく話が弾み始める

ふたたび向こうで飲んだくれ始めた妻の一連の回想を思い起こすに、彼は自分たちのこと───生まれ変わっただの特殊な能力を持つことだのを、あらかた把握しているらしい。だからといってそれを好奇の目で詮索してくるわけでもなく、そのへんの石を投げたかどうかを確認するかのように、ごく普通の行動として捉え話題にしてくるのがなんだか新鮮な感覚だった。……ごく普通の行動と捉えているとはいえ……前方に肩の高さで伸ばした手をぱっと開きさっきから何かを念じているようだが、多分その手のひらからはなにも出てこないと思うので、そろそろ手を下ろしてみてはどうか

不吉な王子として逃避行の日々を強いられたあのころの日々において、貴重なやすらぎの時間をもつことができたのは、ひとえに彼の協力のおかげだ。そのこと自体は俊も知っていた。だが、失くしている(と思っていた)記憶をほじくりかえすわけにもいかないと思ったからということもあるが、結局のところ、忙しさとそれぞれの立場の違いを体のいい理由にして、今のいままで礼を失してしまっていた。改めて不義理を詫びつつ頭を下げると、筒井は笑ってそれを流した

「実はだいぶ前に、いちどだけ対談の話が出たんだよね。同い年つながりってことで。でもそういうの嫌がるだろうし、だからといって断られたらそれはそれで悲しいから、そっちに話がいく前に即答で断ったんだけどさ」
「そうなのか」
「うん。で、それ以来共演……ていうのも変かな? とにかくその手の接触は全般NGにしといたのが曲解されて、めぐりめぐってさっきの騒ぎにつながったのかもしれない。本当にごめん」
「おまえが謝ることじゃない」

彼の活躍は、芸能関係に……というよりも正確にはボクシングに係る事項以外にとんと疎い俊でもよく知っている。二の線も三の線も演じてよし、歌ってよし・たまに曲を作ってもそれはそれでよし、ナレーションもバラエティショーも声の質から滑舌、話の内容まですべてよし。彼がドラマやCMで関わった商品は、即日完売の勢いで飛ぶように売れまくる。いまとなっては名声を欲しいままにする超・大御所俳優だ。かつ、独身俳優最後の砦という二つ名まで背負っている彼の初恋の君となれば、センセーショナルなニュースの獲得を生業とする者たちがわらわらと群がってくるのも無理はない。逆に、特に結界などの処置を施したわけでもないのにいままで放っておかれていたのが不思議なくらいだった

「……けど、まあ……。外野に無責任に騒がれるのは、思った以上に鬱陶しくはあったな。気がついたらうっかり手が出てた。酒の勢いってやつだな」
「うわあ、酒のせいにした……言うほど酔ってないだろ」
「いやいや、それなりに呑んではいる」

彼の指摘のとおり、さほど酔ってはいない。なぜなら右手に妻・左手に弟と、放っておいたら何をしでかすか分からない双璧のお世話に奔走していたからだ。先刻の騒ぎで、どちらもある程度酔いが冷めたように見えたが、しばらくすればまたタチの悪い酔っ払い様に返り咲いてしまうだろう。席に戻ったらまた、少なくとも妻のグラスの中身をこっそりソフトドリンクに変える作業に勤しまなければなるまい

「その『うっかり』の軌道が逸れて、『うっかり』被弾しても困るから、一応はっきりしとくけど……。奥さんのこと、なんとも思ってないからね。イケメン独身俳優最後の砦として聳え立っているのも、まったく無関係」
「……そういうの、自分で言うんだな」

筒井が『奥さん』というフレーズをわざわざ強調してきたことはその理由も含めて分かったが、彼自ら追加した『イケメン』というフレーズの威力にかき消され、思わず苦笑してしまう。それぞれのパーツの造形や配置まで、よくもまあここまで隙なく整ったものだと思わされる彼の顔面を表す、便利な文言だ。実際その評価は間違ってはいないし、必要以上の謙遜をしない姿勢は割と嫌いではない

「ただ、キラキラした青春の思い出ってやつではある。……だからといって、件のCMのモチーフにしてしまったのはやっぱり軽率だった。重ね重ね、申し訳ない」
「だからそれはいいって」
「うん。……今にして思うと『真壁くんを追いかけてる蘭世ちゃん』が好きだったわけだし、最初から始まってもいなかったんだよなあ」

と、その追いかけられていた立場としてはコメントに困ることをさらりと吐き出しつつ、筒井は遠い目をしながらどこかに思いを馳せ───俊のほうを再び振り返り、じっとりとした目つきで見やってきた

「自分から言い出しておいて何だけど……そもそもぼくがいまどう思ってたとしても、気にもしないだろ」
「……まあな」
「うわあホントやな感じ。なんなんだろなその落ち着き。昔からそうだったよな。老成ってやつなのかな」
「老成って……」
「人生2周目だからかな? あ、2周目ってことはないか、15歳で巻き戻しだから……1.1周くらい?」

あ、でも突然育ったりしてたから、プラス0.1ってわけでもないのか? ……などと、ぶつぶつ呟きながら筒井は細かい計算をし始めた。ここで魔界人の平均寿命を提示してみたらひっくり返りそうだ

とはいえ、老成とはまたすごい言われようというか、過大評価もいいところだ。確かに、動揺だとか迷惑だとか、そういった感情で胸がざわついているかと問われればそういうわけでもない。いたって無風。ただそれは、多分いま筒井が想像しているであろう心理状態とはいささか異なる

「……そこまで自分に自信があるわけじゃない」
「え?」
「仮にあいつの気持ちが揺れたとして、だとしてもあいつを離すことはないからおれの行動は変わらない。だから変に構えたりする必要もないだろう」

この期に及んで妻に惚れているのは自分だけ・妻はそうではないなどと思っているわけではないが、惚れられているからというのも違う。妻を信じていないわけではないが、信じているからというのとも違う。未来のことは誰にも分からないから『大丈夫』とは思っていない。『そのときどうするか』がいずれにしてもひとつしかない、ただそれだけ

「……そういうのを老成っていうんじゃないのかな」
「だとしたら、そうなのかもな」
「立場上、渋さっていうかいぶし銀? てのが求められつつあるから、ぼくとしてはうらやましいよ」

その求めとやらには十分応えているような気がするけどな などと、自分に言われたところで何の慰めにもならないような気がするので、俊はあえて触れないでおいた。常に高みを求めていく姿勢は嫌いではない

なんとなく会話の区切りがついたところで、互いに示し合わせたわけでもなく自然にその場を後にする。遠目からでも宴がまだまだ続いていきそうなテーブルへと歩みを進めながら、俊の後に続く筒井がくすくす笑っている気配がした

「とはいえ、やっぱり真壁は変わったな。そもそもこういう会に参加するようなタイプとは思わなかった。蘭世ちゃんに引っ張られて来たんだろうけど、それでも意外だったよ」
「…………。言いづらそうだからこっちから言うけど、そういう面も含めてあいつに育てられたってことだろ」
「あっ、自覚あるんだ」

うっかり手元を狂わせる衝動に駆られたが、相手はそれを感知できるとの前情報を寄越してくれやがっていたので、おとなしく席に着くことにした



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