SUMMER BREEZE
挿話 クリティカルヒットの話

 件のアルバイトについて、卓が夕飯の場で家族全員に報告および了承をとりつけたとき、愛良は特に何も言わなかった
 しかしその翌日。同じく夕飯の場で、正式に雇用契約を結んできた旨を報告した夜、卓の部屋には、ドアのノックもそこそこに、愛良が押しかけてきた
 まあ、そんな気はしていた。仔細を述べている間、この妹は、とんでもない形相でこちらを睨みつけていたからだ

 それでも、それだけのために突入してきた体は取りたくなかったのか、愛良はふたり分のお茶を手にしてやってきた。促されるままに卓はそれに口をつけたが、じっとりと見られ続けているので、居心地の悪さは変わらなかった

「ホントに行くんだ……」 
「ホントにって何だ。さっき言っただろ」
「聞こえなかったって意味じゃないから」
「…………」
「夏休みよ? 受験も終わって、はじめて、朝から晩までパーっと遊びに行ける夏休み! あたしだったら、バイトよりも、自分との時間に充ててほしいけどね」

 よほど喉が渇いていたのか、これからがっつり話すべく喉を潤したいのか。愛良は一気に茶を飲み干したのち、そう言った
 卓としても、半分はそのつもりでココのもとへ馳せ参じたつもりだったのが、あっさり玉砕したのだ。それを馬鹿正直に伝えるのは、兄という立場的にとても面白くない。それに

「……コーチだって、バイト三昧だろ」
「一緒にしないでくださーい。新庄さんは、あたしと会う前からそうでしたからっ」

 なけなしのプライドであがいたつもりが、やはり、あっさり撃沈した
 こんな返しは想定内だったということか、愛良は即答し、さらに眉をひそめた

「ていうか……。バイトの間、ココおねえちゃんをどう過ごさせるつもりなの? それによるわ」

 あたしは基本ヒマだけど、たまに補習とかあるし と、続く言葉は小声になった

 それまでも特段仲が悪いようには見えなかったが、卓とココがいまの関係になって以降、ココと愛良はやたらと仲良くしているというか結託しているというか、とにかく、互いに肩入れし合っているように見えた。ので、遠征中にひとりになるココを持て余すという趣旨の発言ではないことは分かる

 ということは、純粋にテストの点数がよろしくなかったのだろう。ただしそこを指摘したが最後、もれなく返り討ちにあいそうなので、あえて触れないでおいた

「どうって……。魔界にいるだろ」
「おにいちゃんのために、こっちの生活に慣れようとがんばってるひとが?」

 先の小声から一転、愛良は、『おにいちゃんのために』という部分にやたら強いアクセントをおいた

「…………。向こうにいればいるで、なにかと野暮用があるって言ってたし」
「へえ。じゃあ、百歩ゆずって魔界にいるとして! おにいちゃんのバイト期間に合わせて、その野暮用をぎゅっとまとめて済まさせておいて、バイトが終わったらこっちに呼び寄せるってこと?」
「はあ? そんなこと誰も言ってねえだろ」
「ココおねえちゃんがそうするだろうから言ってるの! おにいちゃんがそうしろって言わなくても、結果的にそうなったら、結局、強制してるのと一緒じゃない!」

 そこだけ切り取って見たなら、確かにそうなのかもしれないが……じゃあ、どうしろというのか
 卓としては、せめてもの抵抗としてこう返すしかない

「あのなあ……。そもそもココは了承済みなんだよ。秒で言われたわ。行ってこいって」
「どうせ、先輩からの紹介だとか、余計な情報を先に入れちゃったんでしよ? そしたら、やめてとか言えるわけないでしょ! 何回も同じこと言わせないで」
「それは! ……ていうか、いい加減にしろよ。なんなんだよ、さっきから言いたい放題言いやがって」
「…………」
「全部、おまえの想像じゃねえか。なんでもかんでも首突っ込んでくんな。だいたい、おまえみたいなガキと違って、ココは大人なんだ」
「その大人の対応に誰かさんが全力で乗っかっちゃってることについて、さっきからずーっと物申してるんですけど? もしかして、まだお分かりでいらっしゃらない?」
「………!?」

 癇に障る。過剰な敬語も、だれが大人でだれがそうでないのかを、言外にしっかりと示されているのも
 言葉に詰まった卓を尻目に、なおも追撃は続く。よほど腹に据えかねたということなのかもしれないが、もともと口がよく回るこの妹が、言外だけで済ませるはずがなかった。そしてそれは、卓の胸に会心の一撃を喰らわせたのだった

「おにいちゃんってそんなにニブかった? それとももしかして、ああして・こうしてっていちいちおねだりさせないと気が済まないの? なんかちょっと……おにいちゃん、ココおねえちゃんに甘え過ぎじゃない?」



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