SUMMER BREEZE
挿話 全然いい話

 愛良の補習は、数日おきにこちらに滞在しているココの認識上ではほんの数日なのだが、実は十日間、みっちり詰め込まれたスケジュールだった。今日は、その地獄ロードの最終日。それに合わせて彬水はアルバイトを昼シフトで組み──久しぶりにカフェで待ち合わせをした

「あたしレモンティーね! 新庄さん、ジャンケンしよ!」

 会話は途切れることなく弾み、互いのグラスが早々に空になった。二杯目のドリンクを、どちらがカウンターで注文・運搬するかを決めるべく、愛良は両手を組み合わせてできた隙間を覗き込む。その隙間に、彬水が件のチケットを差し込んでやると、愛良は目を丸くしてそのままフリーズした
 それを放ったまま彬水はトレイを奪い、新しく注文したアイスコーヒーとレモンティーをテーブルに運ぶ。彬水が再び腰掛けたタイミングで、ようやく愛良は大興奮で再起動した

「なにこれ! なんで!?」
「『咲』でもらった。補習お疲れさまだとさ」
「ええ~……うそ、すごいうれしい! がんばった甲斐があったなあ~」

 愛良が補習を受講していることは、彬水のバイト先である『咲』の全員、周知の事実だった。なぜなら、補習の帰り道にちょくちょく店に立ち寄り、他ならぬ本人がそれを話題にしていたから

 そのチケットをもらったのは、今日のバイトの上がり際だった
 『お勉強して疲れた頭には、甘い物だよね』店長は口ではそれしか言わなかったが、目線は、バックヤードの壁に貼ってあるシフト表のあたりをチラチラと漂っていた。ケーキビュッフェの定員は二名。言外に何を提示されているのか理解できないほど、鈍感なつもりはないのだが、場所が場所、そして相手は中学生だ。この街で会う程度ならともかく、車移動で遠征するレベルの距離を、おいそれと連れ出してしまってよいものか

 カフェに向かう道すがら、悶々としながらチケットを見ると、ビュッフェ会場に併設されたスパ施設も使い放題・かつそちらは四名まで利用可との記載があることに気がついた。なるほど、愛良個人ではなく家族一同への贈り物という方向に持っていけばいい。ならば先手を打つに限る

「ケーキの方は二人までだけど、温泉とかプールは四人までらしいから。親御さんたち誘って行ってくれば」
「えっ」
「結構いいとこらしいぜ、そこ」
「それはわかるけどそうじゃなくて。流れ的に『いつ行こっか~』ってなるとこじゃないの?」
「……おれは甘いものはそこまでじゃないし……。おかあさんも多分、甘いもの好きだろ?」
「好きだけど、うーん……」

 これは嘘ではない。バレンタインデーだの何だの各種イベントにおいて、ただひとりからもらうものについては例外だが、それ以外、菓子全般を好んで積極的に食べるタイプではないことは、従前から公言している事実だった
 ただ、それを『一緒に行かない理由』にしてしまうのは、ある意味『嘘』になる
 本当のところを言わずに済むのなら・変に傷つけずに済むのなら、それに越したことはない。けれど、対峙してみて改めて気づかされた。こちらをまっすぐ見つめる無駄に大きな双眸は、『言わないこと』を許してはくれないのだ

「……ごめん。これは後付け」
「…………」
「本当は、おれひとりで、中学生を、そんな遠くまで連れ回すわけにいかないから」
「うん。だろうなーって思ったんだけど、言わせちゃった」
「押し切るつもりだったんだけどな……やっぱ無理だった。すまん」
「ちゃんと言ってくれたから、全然いい。でも、それじゃ夢々ちゃんとか誘ってもダメだよね。中学生増やしてもしょうがないし」
「まあな。だから家族で……」
「……あっ!」

 あっさり陥落したのを深追いするでもなく、愛良は再びチケットに目を落とした。そしてしばらく考えたのち、何かひらめいたような、嬉しそうな声を上げた

「ココおねえちゃん誘って、三人で行くのはどうかな!?」
「え?」
「いちおう大人だし、あたしの保護者ってことで!」
「あ、ああ~……」

 絶妙な変化球がきた。家族、ではないとも言い切れない存在。ココおねえちゃん──愛良の兄・真壁卓の、恋人
 いろいろな因縁のもと、彬水とも若干面識がある、かつ成人女性。確かに、引率者としてカウントしても問題無さそうではあるのだが

「それは、いい案だとは思うけど……。三人って、真壁は? 喧嘩でもしてんのか?」

 兄の恋人を候補として挙げておきながら、兄のほうをナチュラルに外しているのはどういう了見なのか。もっとも、愛良にとってココが兄の恋人であり従姉妹同士でもあるという関係上、そこまで不自然なことではないのだが
 だとしても、二人セットで誘い、いわゆるダブルデートとかいうものに持ち込むほうがより自然だろう
 雑把なようで、意外と周りに気を遣う愛良のことだ。女子がスイーツを乱獲している間、知らない間柄でもない野郎二人はひとっ風呂・サウナ対決に勤しむ的なプラン──彬水も退屈しないで済むような──を考えたうえで提案してきそうなものなのに

「全然? ていうか、喧嘩するほど会ってないし」
「へえ。まあ、一年目はいろいろ忙しいか。……にしても、ある程度は日程調整きくだろ。おれも極力合わせるし」
「たぶん無理かなあ。……あっ、そっか。ちゃんと言ってなかったかも。おにいちゃん、いま短期集中のバイトで家にいなくて」

 その件は、一部分のみ初耳の話だった。夏休みの間、卓がそれまでのアルバイトとは別の勤務先に就くことについてのみ、なにかの話のついでに聞いてはいた。しかしそれが、短期という名のそこそこ長期バイト、しかも、家を離れはるか彼方、リゾート地への遠征状態ということまでは話題に上っていなかったように思う
 そんな兄のバイトの仔細を、なにを思い出したのか若干怒り気味の口調でひととおり説明したのち、愛良は、残されたもうひとりについては、半ば呆れたような顔で評した

「おねえちゃん、ゆですぎたそうめんみたいになってるの」
「どういうことだよ……急に悪口……」
「色白だし、いまはおにいちゃん不足でへにょへにょだし」
「なるほど……?」

 分かったような分からないような、やはりただの悪口のような

「メールとか電話はしてるみたいだけど、足りないみたいね~……って、あれっ。ここ、おにいちゃんのバイト先かも!」
「へ?」

 こんなん絶対飛びついてくるじゃない! 愛良はそう言って笑い、手帳を開いていそいそ何かを書き込み始めた。『お疲れさま』の意に沿っておとなしく疲れをいやすどころか、ひと波乱沸き起こそうとしていることはひしひしと感じられたが、彬水は黙ってその波に乗ることにした



→ 03