グラウンドを左右に行き交う、部員とボールとを追う目線の先に、深町は
昨日も目にしたふわふわの長い髪を見つけた
もはや常連となりつつあるギャラリーの山から、ひとりぽつんと離れて座るその姿は
はからずもぱっと目を引く
「………………」
サッカーを観るのが好きというなら、もしかしたら話が合うかもしれないと思った
なんてことは、どちらかというと言い訳の部類だ
ずっと気になっているひとの、イトコ。それは意外に興味をそそられる
深町は、そんな好奇心のみに従い、練習の輪からそっと離れ、そちらへ歩いていった
「……こんにちは」
「え」
どうやら、しばらく意識が前にしか向いていなかったらしい
突然、頭の上から自分に呼び掛けるような声に気づいて
ココは座っていた芝から飛び上がりそうになった
見上げると、卓のそれと同じスウェットを身につけた小柄な少女が
こちらをにこにこしながら眺めている
「こんにちは。真壁くんの親戚の方……ですよね? 確か、ココさん」
「……えっ……? っと……」
「あの、ちょっと前に真壁くんが足を痛めちゃったとき、鞄を持っていって……そのとき」
「…………あ」
通常の練習着とは異なる、卓のスウェット姿を目にしたのは、後にも先にもあのとき一度きりだ
そして、どさりと床に倒れ込んだ卓の後ろから、さっと出てきたのは
「マネージャー…………、さん」
「深町っていいます。よろしく」
立場だけでなく今度は名を名乗りながら彼女はにこりと微笑み、
ごく自然な動作でココのとなりにすとんと腰をおろした
「ここ、グラウンドの様子が意外にばっちり見えますね」
「………………」
グラウンドをとり囲むように存在する、傾斜のある土手のてっぺんであるここは
距離はすこし遠いものの、傾斜の分だけ高い位置から一望することができる
が、故に、ココのお気に入りの場所となっていた
「多分……昨日もいらしてましたよね? サッカー、お好きなんですか?」
「………………」
「引退試合を控えてるから、みんな練習に熱が入ってて……
この時期がいちばん見てて楽しいかもしれないです
……って、みんな頑張ってるのに“楽しい”とか言っちゃいけないんですけど」
「………………」
ココの沈黙を、彼女は肯定と受け取ったらしい
実際は、卓が以前夢中になっていたものと、今夢中になっているもの
その違いすらもあまりよく判っていないというのが正直なところなのだが
「ちょっと前は……」
「はい?」
「野球っていうものをしていたと思うのだけど」
「……ああ! そっか……真壁くんって野球部だったですね、中学生のころ
普通に……ぽんぽんぽんっとレギュラーになっちゃったから、忘れてた」
ようやく口を開いたココの様子にほっとしたのか、深町はにこっと笑って
さらに感慨深げに言った
「レギュラーって……すごいこと、なのかしら」
「すごいですよ! こう見えてうちの部、結構強豪チームから集まってきた子ばっかりなんですよ
その中で、高校から始めて即レギュラーって、ほんとにすごいです」
「へえ…………」
その“すごさ”を、本当の意味で理解することは、多分、自分にはできていない
けれど、卓が第三者から褒められるほどの存在なのだということを知るのは、やはり嬉しい
「それに、あの、サッカーがうまいだけじゃなく、雑用なんかも手伝ってくれて。人望も厚いです
わたしもすごく助けてもらっちゃってますし……」
「…………え……」
緩んだ頬が、ぴりりと引き締まるのが判った
卓を褒めているのは変わらないけれど、それよりもむしろ、自分が卓に助けてもらっているということに
重きを置いているかのように思われるその口調に、例えようのない、いやな感覚が胸のあたりに広がる
───きっとこの子は、卓のことが好きなのだ
自分は卓にとって、他の誰とも違う位置にいる。他でもない卓自身がそう言ってくれたはずなのに
また、他に気になる人がいるだとか、卓が口にしたわけではないのに
なぜ自分はこんなにも不安に怯えてしまっているのか
「……楽しいのかしら、あれ」
「え…………」
「手を使えば、早そうなのに」
「は?」
よくない方向へ考え込んでしまいそうで、黙ってしまうのが怖くて
無理矢理話題をそらそうとしたココの言葉に、深町は
一瞬、呆けたような顔をして、すぐさまぷっと吹き出した
「おもしろいですね、ココさんて」
何がそんなにおかしいのか、ココにはやっぱりわからなかった
けれど、くすくすと笑う目の前の少女の表情は、なんだかとてもイライラする
反論しようとしたその瞬間、背後から、そのひとの声が響いた
「…………深町?」
「───!」
「あ、真壁くん」
さくさくと芝を踏む音を立てながら、卓はこちらへ歩み寄る
昨日の今日でのこんな顔の合わせかたは、かなりバツが悪い
おそるおそるそちらを振り返ると、予想に反して彼の表情はとても穏やかなものだった
けれどその視線の向けられた先は、自分ではない
彼が最初に呼んだ名前すらも、同様に
「なんか誰かと一緒にいるなと思って来てみたんだけど……深町だったんだな」
「あはは。ちょっとお話したいなと思って……ごめんね?
もしココさんがよければ、ベンチへご招待しようかと思ってたんだけど」
「バカ、いいよ」
「………………」
卓と自分と、もうひとり そうであるべきの構図は、なぜか
ふたりと自分の図、さらにその間には薄い膜が張られているような気さえして
ココは口を開くことすらできなくなってしまった
今までごく僅かにしか向けられたことのない、やさしげな表情と声音は
特別な立場であるはずの自分だけに向けられる筈のものなのではないだろうか
昨夜、あんな言い合いをしてしまったとはいえ
いまこの場には、自分もちゃんと存在しているというのに
まるで、彼の目にはまったく映っていないかのように、言葉は頭上を通り過ぎていく
そして、とどめは思いのほか早くやってきた
「…………ココさんて、親戚さん、なのよね? イトコかなにか?」
「ああ、イトコ。父方の」
「………………!」
この期に及んで、自分は
その三文字だけで片付けられてしまうのか───
「あ、あれ……ココさん?」
ココはすっと立ち上がり、驚いたように見上げる深町を無視して振り返り
その先に立つ卓の顔を、じっと、これ以上ないほどの強さで睨みつけた
「わ……わたしは」
「え?」
「わたしは、ただのイトコじゃないでしょ!? 馬鹿っ!!」
そしてすぐさま、とるものもとりあえず駆け出す
ぽかんと見ていた深町に、ひとこと、「悪い」とだけ残して
卓もその後を追いかけていった
「……あ…………あれ?」
取り残された深町に浮かぶのは、数々の疑問符だった
なにかいけないことを口にしてしまっただろうか。いやいや自分はあたりさわりのない、世間話的な話をしていただけだ
突然ぶっ飛んだことを言うひとだなとは思ったけれど、ちょっと苦しいギャグと踏んで、うまく笑うこともできていた筈
“わたしは、ただのイトコじゃないでしょ!?”
血を吐くような、悲鳴にも似た彼女の叫びが蘇る
ただのイトコじゃないと主張する、彼女の言わんとしているところに
思い当たる点があるとしたら、ただひとつ
「…………………あ、れ…………?」
イトコって、結婚できただろうか
彼女の座っていたあたりの芝にうずまった買い物袋を眺めながら、深町はそんな下世話なことを思った
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