先週からひとつ、バイトを増やした
試験も終わり、あとは夏休みを待つだけ。授業の進め方も自然と穏やかなムードになっていく
この頃だからこそ、の、我ながら無茶苦茶なシフトだ
もちろん夏休みに入れば、昼夜を問わずその無茶は加速予定。すべては月末のあの日のため
ほぼ恒例となっていたここでの昼寝も、今日に関してはまさに“マジ寝”になってしまい
不覚にも、ここに座り込んでから30分間ほどの記憶は、まったくない

それでも。それ以降は眠りが浅くなったからという理由もあるかもしれないけれど
そこに彼女がやってきたことには、すぐに気付いた
けれど、目を開けるのは、もうしばらくしてからにしようと思った
なぜなら、頭を撫でられるのが存外に気持ちよかったからだ





別にそこまで躊躇する必要もなさそうなものを、彼女は妙に長いため息をついて
ようやく意を決したように、俊の額のあたりへと手を伸ばした
それ以前も、なにやらずっと寝顔を眺められていた様子
目を開けるのが勿体ないというよりも、むしろ、開けてはいけないような気さえしてくるほどの緊張感に
俊は、思わず身を固くした

多分、寝ている俊(実際はすでにしゃっきり起きているのだが)に気を遣ってのことなのだろう
前髪をひと房、そうっと指で梳くこと三往復
その後さらに彼女の手のひらが伸びてきて、注意深くゆっくりとかきまぜるように頭頂部を撫でた

おもむろに頭を撫でるというのも、なんだかすごい話だなと思うその一方で
頭を撫でられるなんて、何年ぶりのことだろうと俊は思う
そもそも、無駄につっぱってとんがったクソガキ時代を過ごした自分が
他人様に頭を撫でられる≒褒められる機会など、ほぼ皆無に等しかったのだが
───それにしても

自分と違って彼女は、傷や疲れを癒す能力など持ち合わせてはいない筈。なのに
その手に触れられているだけで、こんなにも安らいでしまうのは何故なのだろう
じわじわと力が満たされていくような感覚は、どこから来るのか

そうっと薄く目を開くと、抱えて座ったひざに顎を乗せ、恍惚にも似た穏やかな微笑みで俊の顔を見つめる顔が
視界にいきなり飛び込んできて、俊は慌てて再び目を閉じた
彼女のあらゆる表情を、愚鈍な自分なりに都度目に焼きつけてきたつもりだったのに
彼女はまだ、こんな表情を隠していたのだ
ある意味、見てはいけないものを見てしまった。心臓がぱくばくと脈打つ
教義を指針に日々励むこの学校に通っておきながら、未だその全貌が掴めていない聖母マリア
いま自分を見つめる表情は、敢えて例えるならばそれに似ていた

つっぱってとんがってきた。そうすることでしか、自分を、あるいは自分のたいせつなものを
護ることができなかったから
そして、護ることで精一杯な分自分には、代わりにとりこぼしてきたものが多々あるだろうと思う
それらすべてを与えてくれるのが、このあたたかな手なのかもしれない
今の自分は紛れもなく、幸せだ





逸る鼓動を押さえ込みつつ、俊は、目を開くタイミングを量り始める
憎まれ口と、ちょっぴり皮肉めいた笑み。日ごろは得意技であるはずの鉄壁の防御が
今この瞬間に限っては、うまく取り繕えるかどうか、あまり自信がない



→ 04:君が笑っている、それだけで