それにしてもよく寝るなあ と、髪に指を絡めてみてもびくとも反応のない寝顔を眺めながら
蘭世はしみじみと思った
日ごろ鍛えているとはいえ、やはり疲れが溜まっているのだろう。そういえば先週からバイトをひとつ
さらに増やしたと聞いている
たまに(?)こうして息抜きを入れてはいるものの、学校生活も人並みに営みながら彼は
「しばらく自分の力だけでやってみたい」という自らの言を、ずっと守り続けているのだ
単純に、尊敬する。すごいなと思う。世界中にその偉業をふれまわりたいくらいに
───もちろんそんなことは、他でもない彼が嫌がるだろうから、絶対にしないけれど
なので、そのかわりといっては何だけれど
「(いいこ、いいこ…………なんちゃって)」
蘭世は、母親が子供に対してそうするように、依然として眠り続ける彼の頭を撫でた
ご褒美と称するには、あまりにささやかすぎる。蘭世は思わず苦笑した
「しばらく自分の力だけでやってみたい」
それは、たとえばこうして共に食べる昼食、および夜届けるのが習慣となった弁当についても
例外なく同様だった。すなわち、その対価にあたる額
過去に一度だけ、蘭世自身に対してそれを支払う旨の申し出があった
けれど、そんなつもりではないという気持ちばかりが先に立ち、蘭世は頑として断った
俊は、特に目許を真っ赤に染めた蘭世の顔を見ながら、渋々と封筒をしまって
その場は丸く収まった。───かに見えたものの、実は、それ以降、ほとぼりが冷めたころから
蘭世ではなく両親へ、ある程度の額が定期的に支払われているらしい
両親としては、頭を下げる彼の面子にかけて受け取らざるを得なかった、けれど
実際のところその弁当は、家計からではなく蘭世の小遣いから賄われているものだからと
絶対に彼を問い詰めたりしないこと、という戒めとともに、その額をそっくりそのまま
蘭世の元へと流してきたという次第
改めて言われずとも、そこまでの回り道をしてたどり着いたお金を彼に返すことなどできよう筈もなく
かといって、ありがたくそれを遣わせていただくという気にもなれず
部屋の棚の一段目、にっこりスマイルのぶたさんだけが、月イチの頻度でその腹を満たしている
律儀だなあと思う。そして、そんなところもかっこいいなと思う
けれど、同時に思い知らされるのだ。自分ができることはといえば、所詮小遣いの範囲程度なのだということを
かたや、生活を支えつつ自分の足でしっかりと地に立ち、そればかりか
自らの抱えた大きな夢に向かって一歩一歩確実に歩みを進めている
かたや、自分はといえば。当然のごとく親の脛をかじりながら日々を過ごして
(一般的に見ればそれが「普通」なのだとしても)
「彼のために」と称し為していることといえば、その保護の中で執り行える範囲での自己満足
そういえば自分には、これといって「夢」というものはない
将来の自分の姿をイメージしたとき、そのとなりに彼がいてくれればいいなと漠然と思いはするけれど
にこにこと笑いながら『およめさんになりたい』などと言える時期は過ぎた
じゃあ何か、進学するでも資格を取るでも。そう思いを馳せたとき、項目として挙がったのは
栄養学やらスポーツ医学やら
主たる理由は、「自分が興味を持っているから」ではなく「彼のためになにかできること」だった
それでも、いいのかもしれない。それはそれで、表に出すかどうかはともかくとして彼は喜んでくれるだろうし
自分自身、きっと楽しく取り組むことができるに違いない
けれど、なにかが違う気がする。だってそれじゃ、「自分で選び取った夢」にはならないのではないかと
進路指導のプリント等、現実に目を向けるべき事象が増えてきたせいか
そんなことを思う機会が増えた
彼が笑ってくれる、それだけで自分は元気になれる。どうせ笑うのなら心から笑ってほしい
そのために自分はどうすればいいのだろう。この期に及んで行き着く先はそこなのだけれど
少なくとも、そのときとなりに並んだ自分も、しっかりと自分の夢を見据えた自分であったなら
彼は喜んでくれるのではないかと思うのだ
わたしも頑張らなきゃ。あてもないまま胸のうちで呟く
意欲的なその言葉とは裏腹に、思った以上に深いため息が口元から零れ落ちた
→ 03:青空に溶けるような微笑