───そりゃ、晴れてりゃ虫干ししたくもなるだろう?



それは何度めでのことだったか。さわやかに晴れ渡り穏やかな風が木々をやさしく揺らす日の四時間めには
ほぼ間違いなく屋上で、悠々と昼寝をしている彼へ問いかけたときに与えられた答え
人目をはばかりつつ、けれどやはり歩調は軽く、てくてくと屋上へと続く階段を昇りながら
蘭世はそのときの彼の表情を思い出していた
階下からの通用口の屋根は、陽光をいい感じに遮る日除けとなり、虫干しというよりもむしろ陰干し
逆に言えばそれは、さあどうぞここに寝てくださいと言わんばかりのお誂え向きっぷりであり
そして今日もまた例のごとく彼は、その壁に寄り掛かり優雅に船を漕いでいる
自然と閉じられた目蓋も深く吸って吐く息遣いも、動きを見せる気配が微塵もなく
そのすぐ正面に座りこんだ自分の気配にも、全く気付かない様子だった

蘭世が弁当を手に自分の席を立ったのは、当然のことながら、四時間めの終了チャイム、すなわち
昼休み開始の合図を耳にしてからのこと
そう、昼休み。栄養補給の時間なのだ。そろそろ蘭世の腹の虫も、気を抜けばきゅるると鳴き出しそうな勢いで
地べたに座り込んだ彼の腰のすぐ傍に置いてある包み(ご丁寧に彼は弁当持参でここに来ている)と
席から携えてきた、それよりひとまわりほど小さい包みとを、蘭世は交互に見比べた
それに。確か今日の彼の五時間目は、体育だった筈
もちろん存分にとはいかないまでも、日ごろの鬱憤を半ば合理的にはらすことができる、そんな
貴重な時間を迎えるにあたっては
よく噛みゆっくり食べ、まったりと食休みを経たうえでの、万全の態勢で臨んでいただきたいところ
とすると。逆算すれば、そろそろ起こしてもいい頃合いなのだ。なのに
未だすいすいと等間隔の寝息を立て続ける彼の寝顔から、目が離せなくなっていた

夢でも見ているのだろうか。ぴたりと閉じられたかに見える目蓋は、ごくわずかながら震えていて
意外に長めの睫毛がぴくりと動くのが見て取れた
片膝を立てたその上に肘をつき、頬を支える姿勢は絶妙なバランス。膝の位置が高いのはイコール
足が長いということ。捲り上げた袖から伸びる腕に浮いた筋が、“無駄のない身体”であることを主張する
健康的に日焼けした肌は、その浅黒さとはある意味対照的で、つるりと滑らかな手触りだということは
つい最近、身をもって知った
胸元のあたりを彼の頬がつかず離れずで漂っているとき、その心地よさに酔いながら
彼の襟足に指を遊ばせる。まだ気恥ずかしさは残るものの、それは蘭世にとってとても幸せな時間だったりする

「………………」

何の抵抗もなくすとんと落ちる自分の髪とは違い、やわらかな癖を持ったその髪に
さわりたい、なんて思ってしまうのは
不意に風が彼の前髪をひと房揺らしたから、だけなのだろうか

───彼が悪いのだ。こんなところで暢気に寝ていたりするから。とっくの昔から自分は目の前にいるのに
それに気づかず眠り続けていたりするから。だから自分はその姿に見蕩れてしまって、挙句の果てには
こんな、いらぬことまで鮮明に思い出してしまったりして

「………………っっ」

ぶるぶると豪快に頭を振って、その『邪念』を追い出す。それでも堪えきれず蘭世は、そっと彼の額の辺りに手を伸ばす
こんな気持ちは、彼のせいでもない、自分のせいでもない。きっと風のせいなのだ






→ 01: 君の手のぬくもり