色々100のお題 Type3 02:初恋
そういえば、改めて尋ねたことはなかったな、と思った
きっかけは今日の昼、いっしょに弁当を食べた楓との会話だ
その発言は、蘭世としてはいささかショッキングな内容だったのだが、当の本人は至極あっさりと言い放った。―――自分はまだ、恋というものをしたことがない、と
「えっ……そ、そうなの?」
「うん。あ、その卵焼きおいしそう。蘭世様、是非このかぼちゃとトレードを…!」
「あっ、うん、どうぞ」
―――と言うが早いか、楓は自分の弁当箱からかぼちゃの煮付を蘭世の弁当箱の蓋に移し、かわりに件の卵焼きを口に放り込む
「う―――ん、おいしいっ。これを毎日だなんて、真壁くんたら幸せ者よねっ」
「そ、そうかな?」
「中学の調理実習ではそんなに大差なかった筈なのに……やっぱり作る相手がいると違うのかしら」
そう言いながらも。かぼちゃの煮付もなかなかの味だ。また、互いの弁当箱を覗き込みながらの神妙な顔も、なんだかとても大人っぽい
これはきっと、空白の三年間のうちにいいことがあったからに違いない。そう勝手に思っていたこともあり、そんな相手がいるわけでもない、ましてやそれ以前に恋をしたことすらないという発言は衝撃的だった(もっとも、世の物事すべての原動力が恋愛だと思うほど、短絡的ではないつもりなのだが)
きっと顔に出ていたのだろう。楓はその表情を苦笑に変えた
「そんなに意外だった?」
「へ!? え、や、うん……」
「……。すごく好きになれる男の子が周りにいなかったってだけよ。その点、蘭世の場合はロマンチックよね」
「え……」
「だって、真壁くんとは初恋の相手同士、でしょう?」
「…………」
――――――あれ?
幼いころ、部屋と庭で生活のほとんどを過ごした自分にとっては、中学生となり初めて足を踏み入れた「外の世界」は何もかもキラキラしていて、そのなかでもひときわ輝いていた彼に、吸い寄せられるように恋をした。正真正銘の初恋だ
その後、紆余曲折・曲がらなくてよいはずの曲がり道まで辿り、ようやく心が通じ合った。それがただ嬉しくて、じゃあ彼のほうは果たしてどうだったのか を、確かめるということ自体、頭に浮かびすらしなかった
今が幸せすぎるほど幸せならば。―――たとえば只今現在のように、遠征で昼ご飯をともに食べられないことを惜しみ、せめて晩ご飯は一緒に。そう「彼の方から」申し出され、風呂を浴びる彼が居間に戻るタイミングを計りながら、お味噌汁をあたためている―――だなんて、少し前の自分たちを思い返せばありえないほどの快挙なのだ
だから、いいではないか。もし彼が、自分と出会うより先に、心奪われた相手がいたのだとしても
あるいは、心を通わせた相手がいたのだとして、も―――
「(……いやいやいやいや……!)」
声にするのはすんでのところでこらえた。いやいやそんな。気がついてしまったが最後、気にしないでいられる筈がない
中学生のころ。周りの生徒との間に意図的に壁を作っていたことは知っている。けれど、その壁が全方向に対するものであったかどうかはわからない
小学生・幼稚園児、あるいはそれより前。―――まともに会ったのは、数える程度。けれど、生まれ変わってからの成長過程から判断するに、内面・外面ともにかわいらしいもので―――要するに。彼がその気になりさえすれば、周りが放っておくわけがなかったのだ
そして自分は、自分と出会う前の彼のこと全てを知っているわけではない
どうしよう。「一匹狼のワル」なのはあくまで表の顔で、裏ではブイブイいわせていたのだとしたら
どうしよう。実は百戦錬磨で向かうところ敵なし・名うての好色一代男だったのだとしたら
よく言われているではないか―――「初恋は実らない」。実ってしまった自分との恋は、彼にとっては「初恋」ではないかもしれないのだ
だって彼はあんなにも素敵なひと、なのだから
「あああああ……」
今度は声が出た。今まで気にならなかったのが不思議なくらいだ
いっそ愉快なほどに膨らむ悪い想像に沈んでいく蘭世には、くつくつ煮えたぎる味噌汁と、背後から忍び寄る足音に気づく余裕はなかった
→ 16:ひとつ