色々100のお題 Type3 18:逢えない時間 1
「―――お、にい、ちゃんっ」
軽快なノック音と同時に、その声の主は、卓の返事も待たず部屋へと滑り込んだ。手にしていたふたつの包みをこちらに寄越し、部屋の奥のベッドへとぽすんと腰を下ろす
「チョコと、ささやかだけどプレゼント。チョコのほうは……昼間ココおねえちゃんからも同じものもらったと思うけど」
「ああ……。サンキュ」
「ココおねえちゃん」のところで、ちょっぴり声に笑みが含まれていたのは、今日の卓の一日を探ろうという魂胆からなのか、どうか
今日は卓の誕生日であり、世間的にはバレンタインデーだった。包みがふたつあるのは、そういうわけだ
封を切らなくても、チョコのほうは、すでに中身を知っている。先日、真壁家二名プラス魔界の一名が、キッチンから甘ったるい香りを漂わせながらなにやらわいわいやっていた、その成果だ。そのメンバーであるココと、家に帰りつくなり袖をひっぱってきた母と、いま目の前にいる妹と。まったく同じ台詞を添えて渡してくるのが面白い。女性陣のうち誰かひとりくらい、それぞれがかぶらないよう違うものを作ろうと言い出してもよさそうなものなのに
この流れだときっと、自分と、父とその弟すなわち叔父と、もうひとりが、まったく同じものを受け取ったということになるのだろう
進路を決めすでに自由登校となった特権を駆使し、まっ昼間からの逢瀬を満喫した自分とは異なり、たっぷり五時限分の授業を終えてから、晴れて突撃したはずの妹の帰宅が、自分よりも早かったことは気にかかるが
――――と、口にも顔にも出したつもりはなかったのだが、途端に妹は仏頂面になった
そういえば忘れかけていたが「大きな声で考えると」「心の声が伝わってしまう」のだ。自分もその一員ながら、つくづく恐ろしい家だ
「今日は……チョコ渡しただけっ」
それでも、そのためにバイトのシフトをずらしてくれたんだけど と、ぼやき気味に付け足すあたり、いちおう相手の立場を理解してはいるということが窺える
とはいえ、妹のご執心のお相手―――卓にとっては部活のコーチであるそのひとが、今後はいわゆる就活期間に突入し、ますます時間を取りづらくなるのが容易に予想される以上、今のうちに、少しでも長く会っておきたかったというのが本音だろう
というか。「だけ」じゃなかったら、ナニがどこまでどうなるんだ。ついそんな疑問が掠めるものの、こちらは「小さな声で」考えた。はたして、この会話を父が聞いたら、どんな顔をすることだろう
正直なところ、妹たちがいまどういう状態にあるのか、イマイチよく分からない。少なくとも、妹からの一方通行「だけ」ではないらしいということまでは知っているのだが、空白期間ができることで、即、崩壊につながる危うい関係なのか、互いの信頼を礎に、不安はない(が、寂しさは募る)堅固な関係なのか
―――なので、卓の口をついて出るのは、こんな無難な台詞に尽きる
が、それはあまりにもピンポイントな地雷だった
「まあ……逢えない時間が愛を育てる、とか言うし」
「そんなの誰が決めたの」
じろりとこちらを見据えながらの低い声
いや、少なくともこれを言い出したのは自分ではなく、昔の曲にそんな歌詞があって、今もこういうときのお約束として頻繁に使われるフレーズで……などと、即座に返せない程度に顔が怖い。なんだこの無駄な迫力は
「だってそれって、おなか空いてるときに好きなものを食べたらよりおいしい、てのと同じレベルの話でしょ。そんなの、恋する乙女を馬鹿にしすぎ」
「………………」
なかなかに実も蓋もない解釈だなと思う。腰掛けたベッドに強めのパンチを喰らわせながらそう力説する姿は、妹の言うところの恋するナントカ像には甚だ遠い気がしなくもないが
「あたしは、会っても会わなくても新庄さんのことを考えるし、思う強さは変わらない。ていうか、変わる方がおかしい。逢えない時間なんて、さみしいだけ損だもんっ」
甚だ遠いはずなのに。今にも泣きそうなこの表情は、それでもやはりそうなのだろうと思わざるを得ない
だって、いつからこんな顔をするようになった? 誰のために?
ひよこのようにぴよぴよと自分の後をついて回っていたのが、つい昨日のことのように思えるのに
ふと、ココの姿が心をよぎった。彼女も、自分と逢えない時間は―――自分があと一歩の勇気を出せず、うじうじと悩んでいたころはずっと、こんな顔をしていたのだろうかと
「愛良…………」
「それに! だいたい、わたしはおなか空いてなくてもチョコ大好きだしっ」
「…………は?」
思わずずっこけそうになったのを踏みとどまった自分の天性の運動神経を、心の底から褒めてやりたい
何の話だ。結局こういうオチか。らしくていいが
先刻もらったプレゼントの包装をぱりぱりと解く。案の定、昼間ココとふたりで食べたのとまったく同じものだ
小箱の中でかわいらしく鎮座するそれをひとつ摘み、口に放り込む。次いでもうひとつ、ご高説へのお礼というわけではないが、そちらへ献上しておくことにした
「…………まあ、なんだ……。食えば」
「そ、そういう意味で言ったんじゃないしっっ」
そう言いつつ渋々といった体で、差し出したチョコを口にする。「あ、おいしい」そう呟くと、すぐさま彼女はいつもの妹の顔に戻った
それでもきっと。ひとりになると、先刻のような大人びた表情をして、想い人の姿を希うのだろう
明日もココに会いに行こう。なんだかやたらとそう思う
妙なプライドに囚われた、さみしいだけのやられ損を、もう二度と、することもされることもないように
→ 2