お題.com 単品お題 道の先は桃源郷
ココ:知れば迷い 知らねば迷わぬ 恋の道
今日の夕餉も卓のふるまう料理尽くしの御膳だった。せめてものお礼にと、洗い物の役割分担を申し出たところ、洗い物・シンクの掃除までが料理ですからとばかりに断固拒否。それどころか、それら〆作業を終え風呂に入った後でよければお茶をいれて持ってくから座っとけ、と部屋への移動を促され、ちゃっかり自分の分のカフェオレを注文した愛良とともにココは卓の部屋にいた
料理の練習と並行し、引っ越しの準備も着々と進められているようで、部屋の隅にはいくつか、卓のカクカクした文字で中身の品目が備考欄に記入されたダンボールが積まれている。そのまま視線をずらすと、壁に設えられたフックに、最近の気候に合わせ卓がよく着ている薄手のダウンが掛けられているのが目に入ってきた。かつては、高校の制服が掛けられていた場所だ。高校生活最終日───卒業式の激闘をそのまま示すブレザーの、かつてボタンがあったのであろう箇所からちょろりと飛び出た端糸の頼りなさを思い出しながら、ココはぼそりと呟く
「卓って……モテるのよね、実は……」
ベッドにお行儀よく腰かけたココに対して、床に胡座をかき自分の部屋のようにくつろいでいる愛良は、さほど興味なさそうに答えた
「うーん、顔はいいからねえ。口は悪いけど」
「そうよね……卒業式でボロボロになって帰って来たし、その前も……」
「サッカーの練習とか試合とか、おにいちゃん目当てで集まってる人、結構いたもんね。口は悪いけど」
「そうなのよ。それに、なんだかんだで器用だし」
「そうね~。あたしは飲まないから分からないけど、コーヒーの淹れ方がうまくなってきたっておとうさんが褒めてたなあ。口は悪いのに」
最後の語尾が「のに」と変わったことに自分で気づいているのかいないのか。根本的には認めているのに納得しきれていないふうの愛良の表情にココは苦笑いした
ただ、何度もしつこく再確認しておいて何なのだが、『卓はモテる』この事実については、ほんの一ミリでもいいから否定し続けてほしかったというのが正直なところだった。卓がモテるかどうかを決めるのは愛良でもココでもないし、そもそもモテないからといってなにかが解決するわけでもないのだが
「……わたしでよかったのかしら、卓は」
「は?」
「すごく前……私が卓を好きになってすぐくらいはね、5つも年上“なのに”って思ってたのよ。でも好きって気持ちが大きくなっていくにつれて、年上“だから”逆に踏み込めなくなって」
必要のない意地を張って壁を作って、試すような真似をして自爆して。それでもやっと思いが通じあってやっと安心できるのかと思えば
「いまは……また迷ってるのよね。年上なのに、本当に卓はわたしでよかったのかしらって」
その命題は、またしても静かに、波のように押し寄せてくる
卓が悪いわけではない。年齢差のことをとっても、ほぼ永遠の時を生きる自分たちにとっては、ある意味誤差の範囲だということも本当のところはわかっている。じゃあなぜ殊更に年齢差を前面に押し出しているのかというと
ただがむしゃらに卓を追いかけていたときは、自分の心が壊れてしまわないようそれを都合よくストッパーにして。互いに同じ思いなのだと確かめ合った今は、それを建前にして、問題の本質を見ないようにして。それだけのこと
───こんな、なんの自信も持てないような自分が、卓の隣に居続けていいのか
永遠の時を生きるのであれば、なおさら
それでも魔界なら。こちらよりいくらか自信を持って立っていられる。けれどその根拠は、魔界の王女という、生まれた時点で既に出来上がっていた身分のみ。結局のところ、自分では何も作り上げていない。そして、いまの卓が自分を大切にしてくれているのがわかる分だけ、じゃあ自分は果たして、大切にされるほどの器なのかという問いを突きつけられる。「辛い」のとはちょっと違う。ただ、気持ちの行きようが、ない
「よかったもなにも……おにいちゃんのほうから告白してたじゃない」
「それはそうなんだけど……」
「だったら……って、ええっ!? 泣いてる!?」
「だって……」
「……あっ、もしかしておにいちゃんとケンカでもした!? なんならおとうさんに言いつけて、二人がかりでシメてくるけどっ」
「してない……。わ、わたしが勝手に悩んでるだけ」
「ええ…………?」
何がなにやら。初めはそんな顔をしていた愛良も、状況が分からないながらもとにかくまずいということだけは察したのか、おろおろしながらココにティッシュを渡す。隣に座り背中を静かにさすって……その部屋のドアが不意に開いた瞬間、愛良は、その直前にシメる算段を立てかけていた相手に対するそれとは思えないほど、ほっと安堵の表情となった
「まあ……そのへんは、本人にきいてみようよ、ココおねえちゃん」
「!!」
卓:ふみ出せば その一足が 道となる
風呂上がりの自分には冷たい炭酸水と、最近お気に入りだというなんちゃらハーブの香り漂うお茶と、どさくさに紛れてオーダーの入ったカフェオレをそれぞれ用意して卓が二階に上がると、自室入口ドアの向こうではなにやら不穏な会話が繰り広げられていた
『いまは……また迷ってるのよね。年上なのに、本当に卓はわたしでよかったのかしらって』
「………………」
……いや、よかったもなにも。卓としてはごくあたりまえに自分から告白というか、むしろお願いしたつもりでいたのだが。そこが通じていなかったとなると、告白(したつもりの日)以降の穏やかな日々や、春からこの家を出て周りに気兼ねすることなく会おう・あわよくばふたりで暮らそう……などと、今後の計画をウッキウキで語り合ったあの時間は、いったいなんだったのか。そのうえココの落涙をあらぬ方向に早合点した愛良は、とんでもない式神を召喚しようとしている
この流れは、まずい。ほったらかしにしておいたらどんどん沈んでいきそうなココの心理状態もまずいが、それと同じくらい、とんだ濡れ衣で弁明の機会すら与えられず、この世から抹消されかねないのも非常にまずい
そんな焦りもあり、あえてノックをせずドアを開けると、心からほっとした様子の愛良と、飛び上がりそうな勢いで振り向いたココ、それぞれの視線が刺さってきた
「な……なんで、居るの……」
「なんでって……。あのなあ、おれの部屋だ、ここは」
「でも、ノックくらい」
「いや、だから……。ひとの部屋で、ノックされないとまずいような会話をすんなよ……」
「ああもうケンカしない! 邪魔者はさっさと退散するから、ちゃんとココおねえちゃんと話してよっ」
「…………」
『ふたりで話して』とはならないのが、女同士の結束というやつなのか、信用度の問題なのか、そのどちらもなのか。平常時より若干キツめの物言いで、それでも卓の手元のトレーからちゃっかりカフェオレを引き取り、愛良はその部屋を出ていった
ココが目元をさっと拭うのを見ないようにして、卓は運んできたお茶を勧める。この状況で果たしていつもどおり隣に腰かけていいものか迷いつつ、この状況に限って離れて座るのも何なので、ごく自然な動きの遂行に細心の注意を払い、そろりと隣に座る。と、ココも心なしか平常心を取り戻したようだった
「どこから聞いてた……?」
「聞いてた」の真意が、お互いに心の声を拾う能力を持っている以上、音声的な意味ではないことは明白だった。できればどこからも聞かれたくなかったのであろうことは分かるが、ここをうやむやにしてしまうと話が進まない。「ちゃんと話して」などと念押しされるまでもなく、話し合うつもりで突入してきたのだから
「『ほんとうにわたしでいいのかしら』の辺り」
「ほぼほぼ全部じゃない……もう……」
「まあ、そうだな」
迂闊だったわあ……。とココはがっくりとうなだれ、溜息をついた。絵に描いたような凹みっぷりに苦笑しつつ、もう一歩、ココの言うところの「問題の本質」とやらに踏み込んでみることにした。もっとも卓としてはなぜそんなことで……というと語弊があるが、そこまで悩む必要があるのかよく分からないのだが
「自信って……なにが必要なんだろうな」
「…………。わからない、というか……わからなくなっちゃったっていうか。そもそもこんなこと考えたこともなかったのよ、いままでは」
「……『いままで』と『いま』とでなにが違うんだ」
「うーん……。『いままで』について文句を言いたいわけじゃないんだけど」
「それは分かってる」
「ありがとう。で、『いま』は、卓に大切にしてもらって……されすぎてるくらいで。幸せすぎて怖くなってるだけなのかも。だから、大切にされる理由を自分の中に探して、自分を納得させようとしてるっていうか」
「なるほど」
そりゃいままでむちゃくちゃ泣かせたんだから、そうさせないようそれなりに努力もするだろう。理由も何も、好きだから大切にしたい。それだけだ。自分探しの旅に出たいというならそれはそれで結構だが、その過程で、こちらのあずかり知らぬところで勝手に泣かれるのは困るのだ。そして卓としてはこちらのほうが大問題なのだが、ココに新たな悩みを発生させている時点で、それなりにしているつもりの努力は、努力不足か、自己満足の空回りということでもある。───ということは
「そうか。おれがもっといい男になればいいんだな」
「えっ」
「いい男に選ばれたとなれば自信になるだろ」
「…………」
そういうことじゃないんだけどな、とでも言いたげな顔でココは卓を見返す。けれど残念ながらそういうことかもしれないよ、という程度には主張しておきたい。少なくとも卓にとってはそうなのだという話であって、強制するつもりはないけれど
「そもそも論……というか、鶏と卵的な話になってくるけど。おれが、その……おまえを好きだってことは、そんなに軽いのか……っていうか、おまえにとって一ミリも自信にならないもんなのかね」
「あ……」
「おれは自信になってる。おれは、なんだかんだ言ってまだガキだし、これに自信があります! って胸張って言えることなんてないけど……おまえが選んでくれたんだから、おれは相当いい男なんだって思ってるよ」
「……でも、わたし……なんかじゃ……その」
一瞬はっとした顔をしたものの、ココはまだまだ後ろ向きの波から逃れられないようだった。それでも卓としてはこう続けるしかない
「まあ聞けよ。『好き』な理由に、細かい理由なんかないって言われたら、納得するだろ? それと同じで、おまえが自分に自信があろうがなかろうが、おれにとっては、おまえがおれを選んでくれたっていう事実だけで、じゅうぶん自信になってる」
「…………」
「お互いそこに居ることで、自信を持ち合う……って、変な言い方か? あっ、好循環ってやつか。それでいいんじゃないかと思うけど」
自信があろうとなかろうと。ただそこに居てくれればいいのだと
「……そこって……どこ?」
「この流れでそれを聞くか……。ここ!」
どこも何も、そこには具体的な場所名などなくただの比喩表現というか概念だ。身をもって思い知ってもらうべく、ぐっと肩を組むかたちで「そこ」に引き寄せると、ココの鴇色の髪がふわりと揺れた。ついでといっては何だが、折角くっついたのでキスもしておいた。軽くのつもりがなんだか長くなってしまったのはご愛敬
「……了解?」
「う、うん……………。んっ」
流石に訊くまでもなかったかもしれないが、説明責任を果たす必要がある以上、一応、念のため。こくこくと頷くココの返事を形式的に確認して、卓はふたたび唇を重ねに行った。丁寧に追いつめる舌で絡めとる柔らかな舌はただでさえ気持ちいいのに、唇を離した瞬間にそれまでこらえていた息をぷはっと吐くココの顔はなんとも煽情的だし、ついでに言うとふたりがいま腰かけているのははからずもベッドの上。こんなお誂え向きの状況なら、いつもだったらさらに何度もおかわり、且つ、その次の段階になだれ込むレベルなのだが―――ありったけの理性を総動員して卓はその衝動を抑え込む。そもそもここは、ノックされないとまずいようなことをしてはいけない場所なのだと自分で言ったばかりだった
自制の意も含め、並んで座りなおす。ココが乱れた前髪を直すのを待って卓はその手を取りゆるく繋ぎ、自分の腿に着地させた
「……まあ、これからもいい男になるようせいぜい頑張りますよ。まだまだ足りないって暗にうちの姫様は仰ってるみたいだし?」
「…………」
卓としてはこの上なくバシッと決めたつもりだったのだが、ココの反応は予想したのと違った。未知の生物でも発見したかのようにまじまじと、卓の顔と繋いだ手とを交互に凝視し続ける
「……なに」
「いやあの、えっと……。卓ってそんな自信満々なキャラだった……? なんかちょっと、驚いちゃって」
「だからおまえがそうさせてくれてるんだって。何回も言わせんな、実は結構照れてる」
「ふふっ」
やっと笑ったココはゆるゆると卓にもたれかかる。その肩にかかる髪からほのかに甘い香りを漂わせながら、小さく「ありがとう」と呟いた
→ 20センチ