ドーナツの加護

 その日のおやつは、満場一致でドーナツ祭りと可決された。製作部隊は、ドーナツには一家言あるフェルンと、じゃんけんで決まったシュタルクだ
 てきぱきと飛んでくるフェルンの指示に従い、シュタルクはバターや卵をすり混ぜ、粉類を混ぜて捏ね……。食べるのはともかく作るほうには正直あまり乗り気ではなかったのだが、やり始めると意外と楽しくなってきた

 成形した生地を揚げ始めると、キッチンはもちろん、すぐとなりの部屋、喫食部隊のザインとフリーレンが控えるテーブルにまで、油の爆ぜる音が響いたようだ。食欲が刺激される、いい音だ。お腹空いてきたねえ と、期待に満ちたふたりの声がキッチンに届いた

「シュタルク様、大量の揚げ物ってやったことあります?」
「へ? うーん……大量に、はないかなあ」

 フェルンによれば、ドーナツを上手に揚げるコツは、高温の油で短時間、手早く揚げること らしい。人並み以上によく食べる四人分、すなわち山のように作った生地をおいしく仕上げるための揚げ作業は、若干面倒だが、油の温度をキープするためにも少量ずつ・長時間続けることになる

「そうですか。だとすると……もしかしたら、揚げる間の油のにおいでお腹いっぱいになっちゃって、美味しく食べられないかも」

 油酔いって言うんですけど と、フェルンは付け足した

「わかんないけど、まあ大丈夫でしょ」
「…………」
「おっ、いい色。そろそろ上げていいかな?」
「あ、はい。ここに並べてください」

 話している間に、きれいなきつね色に染まったドーナツをシュタルクは鍋から引き上げる。紙を敷いた皿に並べたそれをしばらく眺め、粗熱が取れたところでフェルンは砂糖をふりはじめた

 言われてみれば確かに、この狭いキッチンには油の匂いが籠りつつある。これが長時間となるとそれなりに気になるのかもしれない。が。これだけおいしそうなドーナツを目の前に並べられたら、構わずいけそうな気がする。そう思えるくらい、初めて揚げたわりには随分おいしそうにできたと思う。これもひとえに、要所要所での的確な指示のおかげなのだが……

「シュタルク様、ちょっと……顔だけこっち向いてください」
「へ?」

 二番部隊で投入した生地が色づき始めたころ、フェルンはシュタルクの肩をちょいちょいとつついた
 意識は鍋にやったまま顔だけそちらを向くと、フェルンは、一番部隊・砂糖がなじんだドーナツをひとつ手に取っていた。半分に割られた断面からはふわりと湯気が立ち、それを冷ますべく息を吹きかけている。ふうふうと数回続けて納得したのか、いい具合に冷めたのであろうそれを、おもむろにシュタルクの口に近づけてきた

「口、開けて」
「え。あ。……ハイ」

 言われるがまま開けた口にドーナツを受け入れると、フェルンもまた、手元に残っていたもう半分を齧った
 十分冷ましてくれたようだったが、やっぱり熱い。でも、文句なしに美味い。空気を取り込みながら咀嚼し飲み込むと、「うまいね」と思わず口からもれた。極力、冷静を装ったつもりだが、うまくいったかは分からない。だからというわけではないだろうけれど、フェルンは満足げに微笑む

「こうやって、一番おいしいところをつまめるのは、作った者の特権ですよね」



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