ガトーショコラとミルフィーユ

「おかえりなさい! 不審者って、どんな人だったの?」

母の周りでにわかに発生した不審者問題は、予想外の結末を迎えていた。あの手この手と防御の策を施すかたわら、母自らあっさりとっつかまえたという相手を吊るし上げるべく家に向かったものの、さほど時間をおかずに帰ってきた卓を、ココは驚いたような顔で出迎えた

「ああ、不審者ねえ……。あれ結局、サンドのせいだったわ」
「え? サンド? どういうこと?」
「サンドがさ、こっそりおふくろの護衛しろって王様に言われてこっち来てて、護衛はともかくこっそりしきれてなかったってのが、事の真相だってさ」
「ええ~? 何やってるのよ、もう、人騒がせな……」
「ホントだぜ。あ、これ、おふくろから」

帰り際にどっさり持たされた総菜を、卓はダイニングテーブルの上に置く。出迎えた玄関からちょこちょこついてきたココはその袋を覗き、深々と拝んだ

「そうそう、護衛と言えば……、あ」
「え?」

冷えた茶でのどを潤すべく冷蔵庫を開けると、棚の真ん中の段に、小さなケーキ箱が鎮座しているのが目に入ってきた。それはふたりの住む界隈で評判の良い洋菓子店のもの。特にガトーショコラは絶品で、今となってはココの作る菓子(ばかりではないが)に胃袋を完全に掌握されている卓にとって、既製品のうちでは数少ない好物のひとつだった

「このケーキ……」
「あ、昼間いただいたの。夕ごはんのあとに食べましょ」
「え? あ、ああ……」

義理堅いわよねえ とココは苦笑する。対して卓は、このケーキが頻繁におやつとして登場する理由を打ち明けられたときの会話と、昼間の会話とを照らし合わせ、心がざわざわと粟立ち始めていた





───時は少し遡る

『もし、時間持て余してるようなら、ボランティアもいいけどバイトでもしてみたら』
『え?』
『いや、金に困ってるとかじゃないからな?』

それは、ココが町内会の各種活動に積極的に参加し、近隣からの絶大な人気を手に入れつつ、それなりに楽しくやっていると耳にしたときのこと。決してそれに水を差したいわけではないのだが、卓は卓で、ずっと気にかかっていたことがあったのだった

『おじさんおばさんに囲まれて、ほのぼのやってるのも勿論いいんだけどさ、同年代の奴らと喋る機会があると、何かといいんじゃないかなと思って』
『バイト……同年代……、かあ』

こちらで卓以外にココの話し相手になる若者といえば愛良くらいで、それでもだいぶ年齢差がある
ココの内に秘めた気持ちを少しでも取りこぼすことのないよう努めているつもりではあるが、正直、限界がある。また、あまりベタベタしたつきあいをしないタイプの卓でも、バイト先や大学での友人との何気ない会話の中で得るものは大きい。たとえば、卓には言えないようなわだかまり(そればかりでも困るのだが)を、ふと吐き出すことができるような、かつ、同年代ならではの話題で互いに盛り上がれるような存在があったなら。ココももっと楽しく過ごせるだろうと思うのだ

『そういえば、結局、ちゃんと言ってなかったわねえ……』
『ん?』
『ちょっと前に、バイトしたことあったでしょ。1日だけ』
『あ、そういえばあったな! 全然忘れてた。ケーキ屋か!』

それはふたりで暮らし始めてすぐのこと。突然アルバイトを決めてきたココが、思いの外順調に勤めていると思いきや、その日のうちに辞めてきてしまったことがあった。卓のお気に入り、最近では愛良も御用達となった、近所の洋菓子店でのことだった

『……ごめん、あのとき、おれはおれで実はぐちゃぐちゃしてて、あまり突っ込まなかったんだけど……なんかあったんだよな?』
『まあね……。あったといえば、あったのかしら……いろいろ』
『え?』

働くなら、ましてやはじめてのおつとめというのなら、機嫌のよい人達たちがくる場所がよいという。たとえば生花店、たとえば洋菓子店。機嫌がよい イコール、やさしいお客様が比較的多く訪れるから

機嫌がよいとはすなわち心の余裕があるという意味でもあるが、そのときその場にいたのは、心の余裕ばかりでなく、時間の余裕、つまるところ、ヒマをもてあましている人種だったらしい。そういう口コミネットワークがあるのか何なのか、ココが店頭に出るや否や、ケーキではなくココを見分しに来る男性客が続々と現れ、黒山の人だかりとなってしまったのだ

結果。ココ自ら辞めたのではなく、辞めて欲しいと頭を下げられた。店が回らないからと
ケーキを買うのならまだ諦めもつこうものだが、何も買わずにただ居座りただココを眺める、あるいは仕事中だというのに一緒に写真を撮りたいだのなんだのと訴えてくるような輩が次々と現れ、手狭な店内が溢れかえってしまったので
人手不足のヘルプ要員として手を挙げたのに、余計な手間を増やしてしまうのは本末転倒が過ぎる。ただの1日で判断するのは早計だろうと思わなくもないが、夏休みでも冬休みでもない、ど平日のまっ昼間にあの動員数では、先が思いやられるという店主の懸念を、ココは責めることができなかった

その帰り道、ココはなんとなく視線を感じたような気がした
当然、こっぴどく返り討ちにするつもりで臨んだものの、振り返ったら、その禍々しい気配は一切合切消え失せていたのだった

───と。さらりと当時の真相を暴露したココの飄々とした様子とは裏腹に、卓は全身の血の気がひいた気がした

『待て待て待て! そういうことはその時点でちゃんと言えよ!』
『え? お店に一緒に行って、文句言ってもらったほうがよかった?』
『そっちじゃなくて、そのあとの話! 完ッ全にやばいヤツじゃねえか』 
『うーん、まあ、気のせいかもしれないし。しばらく様子見して、本当にまずいことになったら言おうと思ってたんだけど……その後もなにもなかったから、まあいいかなって』
『いやいや、ちょっと……頼むぜ……。まあ、今のところ、変な感じがしたことないからいいけどさ……』

分かる。そんじょそこらの輩では下手な手出しなどできないくらい、ココは強い。それはもう強い。けれどそれとこれとは話が別。万が一のことは、なにかひとつのずれで簡単に発生するし、発生してしまってからでは遅いのだ。そんな卓のモヤモヤなどどこ吹く風で、ココは苦笑しながら続けた

『ちなみに、町内会にあのケーキ屋さんのおじさんもいるのよ。あのときのおわびにって、いまだに頻繁にケーキをいただくのよね。かえって申し訳ないわ』





───そしてその、最近まで続いているお詫びの品が、目の前にある箱の中身というわけである

確かに感じたという不埒な気配が、振り返ったら消え失せていた……それは、本当にココの読み違いだったのか? ココに護衛がついているというのは、果たして、いつから? 当時は勿論のこと現状においても、卓には妙な気配は感じ取れないが、それは本当に大丈夫なのか?
この発想は、まずい。単なるカンで、パーツとパーツをどんどん繋げてしまうのは、精神衛生上よくない。けれど、悲しいかな、自分のカンは割とよく当たるほうだと卓自身がいちばんよく知っていた

「ところで、ごめんね。ケーキの前になにか言いかけてなかった?」
「いや、なんでもない……」
「?」

げんなりしながら卓は、冷蔵庫の扉をそっと閉じた








以下、ご参考まで:

ココ姫がアルバイトをした話 → sweet and bitter
(お手持ちのデバイスによっては読みづらいレイアウトですので、閲覧の際はご容赦ください)

ココ姫が町内会で楽しくやっている話→ 卓ココSSS・230914