委員会とやらで遅くなる そこまでは聞いていたものの
(俊のクラスでももちろん選出会議があったのだけれど、余裕でぶっちぎった) 
それ以上は、なんの情報も約束もなかった
せめて帰りくらいは一緒に と待っていたのも、言ってしまえば
自分の意思のみで勝手にやったことだし
先に帰ってしまったそのことに対し、とやかく言うつもりはない
けれど、あの尋常ではない急ぎっぷりはいったい何だったのだろう

そんな、帰り道やバイト中にふつふつとわきあがっていた疑問は
昨夜、いつものとおり郵便受けにちょこりと置いてあった弁当を手にした瞬間、一気に氷解した
そうかこのためか、と、微笑ましくなったりもしたのだ

───が。事態は、そんなに甘くなかったらしい
それに俊が気づいたのは、お昼休みはじめに蘭世が、俊の教室へお弁当を“届けに”きたその瞬間だった

いつもなら、前日分の空になった弁当箱を手に俊は、クラスへやってくる蘭世を迎えて
その足でふたりこっそり屋上へ向かう
今日も例のごとく弁当箱を手に蘭世を待ち───やけに早々とやってきたなと
頬がゆるみかけた(いつもは、神谷曜子をまくのに時間がかかっているのだという)俊に
待ち人は、うつむいたままこう言った

『ご……ごめんなさい。あのね、お昼なんだけど……しばらく一緒に食べられそうに、ないの』

そして俊はいま、屋上にてひとりきり





「………………」

いつもなら、日が当たりすぎないようにとかあまり人目につかないようにとか
あれこれ悩むところなのだが、今日はそんな心配は無用で
全くもって適当な場所にどかっと腰をおろし、弁当の包みをほどいた

色とりどりバランスよく詰められたおかずから、いの一番に卵焼きをつまみあげ口に放り込む
最近ぐんとレシピが増えたと微笑む蘭世の手料理のうち、どんなに手の込んでいそうな品よりも
俊が実はいちばん好きなのは、まさしくこの卵焼きだった
ほどよい甘味に、ふんわりとした焼け具合が絶妙で、ほっとさせられるのだ
とはいえ今日に限っては、そんな効力もあまり発揮されず
かえってその素朴さが、ますます先刻の蘭世の様子とその不可解さを呼び起こす


『い、委員会のひとたちと食べることに……したの』

───委員会だからといって、昼休みまで使って活動するような
熱血バカな奴がいるか?

『あ、でもちゃんとその前にお弁当は届けに来るから……安心して、ね?』

───もちろん申し分なくおいしいこの弁当は魅力的ではあるのだが
必要なのは、弁当だけじゃない

『…………ごめんなさい……』

───この言葉は、ある意味反則だ
そう言われてしまったが最後、自分は言葉を次ぐことすらできなくなってしまう
実際、先刻のやりとりだって、なんだかもやもやとしながらも結局は

『……そっか。んじゃ仕方ねえな、がんばれよ』

などと、ものわかりがいいんだか何なんだか判らない、微妙な返しで締めてしまった
そしてとどめをさされたのは、激励の意を込めつつこっそり頭をなでようとした瞬間のアレだ

『………………!!』

蘭世は息を呑み、細い肩を目に見えるほどに震わせながら、思いっ切り後ずさりした
もともとひきつり気味だった笑顔は、世にも恐ろしいものを見た そんな青ざめた顔へと進化しており
昨日同様、その後の会話もそこそこに立ち去られてしまった





「………………」

俊はじっと自分の手のひらを眺めつつ、深いため息をついた
この手には、髪の毛ひとすじすらも触れられたくはないということなのか

できることなら絶対に認めたくはないものの、多分、そうなのだろう
今日のおかずが詰められているのは、俊専用の弁当箱ではなく、使い捨てのプラパック
……つまり、空いた弁当箱を返しに来てさえほしくないという主張以外の何物でもない
(そういえばあまり気にせず返してしまったけれど、昨夜の弁当も使い捨て容器が使用されていた)

「……………。なんだってんだ、一体………」

蘭世が豹変してしまったのは、明らかに昨日の帰りぎわからだ。それくらいは判る
けれど、肝心なそのきっかけについては、とんと、見当すらつかない
もっと言えば、情けないことに、蘭世が怒っているのかどうなのかすら実はよく判っていない

例えば怒っているのなら、そういう態度を取ってくれれば、こちらもすぐ対応できるはずなのだ
けれど彼女の場合、鈍感な自分にも判るような原因で大喧嘩をしたとしても
きっと昼と夜の弁当は欠かすことなく持ってきてくれるだろうと思う。そういう奴だから
しかも、ちらと見たかぎりで言えば、怒っているというよりはなんだか
心から申し訳なさそうな顔をしていたりするから、ますます訳が判らなくなる

こんなことになるのなら、追いかけておけばよかった
あっけにとられながらも彼女の言葉を言葉どおりに受け取り、暢気に着替えを続けたあのときの自分の尻を
できることなら、後ろから思い切り蹴り飛ばしてやりたいくらいだ

あのとき追わなかったのは。自分に原因があるなどと微塵にも思っていなかった
(……が故に、彼女の言葉を鵜呑みにしてしまった)からというのもあるけれど
根底には“心が通じあっている自分たちは、もめることはない”という
変な自信があるから・あったから であるような気がする

現実を紐解いてみれば自分は、彼女のことを見てきたようで知っていたようで
実はまったく知ることができていない
俊にしてみれば些細と思えるようなことでも、きっと繊細に揺れているのであろう
心の浮き沈みも、何もかも

今までの自分が、いかに彼女の想いの上で胡坐をかいてきたのかを
こんなときにようやく思い知らされる
はなれられない のではなく はなれないで
一刻も早くそう伝えたい(懇願したい)相手は、いま俊のとなりにはいない


「………………」

ぼんやりと目をやったフェンスの向こうに浮かぶうろこ雲が、ゆるりゆるりと流れていく
味だけで言えばいつものとおり、おいしい弁当をきちんといただいたはずなのに
ちっとも満たされない空腹感───空虚感を抱えたまま俊は、ただそれをじっと眺めていた



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